大日方邦子 フォトギャラリー
写真をクリックすると大きな画像が開きます。(写真と文=堀切 功)
大会最終日も、白馬の天候は優れなかった。この日の種目は、回転。今シーズン、もっとも不調の種目だが、ここまでに唯一実施された大回転で転倒しているだけに、どうにかしてゴールしようという気持ちは強かった。
しかし、スタート直後にアウトリガーが積雪に埋まり、右腕が後方に引っ張られた勢いで肩を脱臼。自力で戻して、そのまま滑り続けたものの、途中で転倒すると、起き上がることができない状態になってしまった。その後、悪天候でレース自体の中止が決定。
まったくの骨折り損となったわけだが、これも体を徹底的に見直す好機と考え、万全の状態に仕上げて来季を迎えたい。
2007/2008シーズンのワールドカップ最終戦は、日本の白馬八方尾根が舞台となった。
滑降、スーパー大回転、大回転、回転の4種目をすべて行なうハードなスケジュール。
滑降の前には公式トレーニングを3本滑ることができるので、そこで調子を上げて滑降の本番に臨み、その勢いで残りの種目を乗り切る計画だった。
実際、トレーニングでは徐々に良い感触をつかみつつあったのだが、悪天候によるレース中止が相次いだことで、それを生かせなかったのは実に残念だ。
韓国では、スーパーコンビ前半のスーパー大回転と大回転1戦でかろうじて成績を残せたのみで、残りのレースでは途中棄権が続いた。
肩のケガによる調整の遅れもあり、狂いの生じた滑りを修正できないままレースに臨まざるを得ない状況になったことが、やはり大きかったのだろう。
ただ、それでも大回転では、タイム的にも感覚的にも、まずまず納得のいく滑りができることもあったように思う。
韓国でのワールドカップは、予定されていたスーパー大回転から突然に変更されたスーパーコンビで幕を開けた。
前半のスーパー大回転では2位につけたものの、後半の回転で失敗。その結果、2本の合計タイムで競うスーパーコンビは途中棄権という成績に終わってしまったが、前半のスーパー大回転が単独種目としても成立したため、この種目の2位入賞者として表彰台に上がることになった。メダルを受け取る心中は、ちょっと複雑だ。
10月の合宿で負傷した肩の痛みは、すでにほとんど消えたものの、なかなか本来の滑りが取り戻せずにいる。
それでも、1月のワールドカップ出場をあきらめて国内で調整するうちに、徐々に肩をかばう動きは少なくなってきた。そんな状況で臨んだジャパンパラリンピックでは、スーパーコンビ(スーパー大回転+回転)、大回転ともに2位。
結果はともかく、実戦での滑りからある程度の手応えを得られたことが収穫だ。
雪上に立てないオフシーズンの強い味方が、このハンドサイクル。ご覧のとおり、足の代わりに手でこぐ自転車だ。変速機も付いているため、車いすよりも速く、長い距離を快適に走ることができる。
風を切る爽快感はスキーにも通じるものがあり、滑れないストレスの解消にも最適だ。街中では非常に珍しい存在なので、やたらと注目を集めるのは、果たして良いことなのか良くないことなのか。
レースとトレーニングを繰り返していると、自由にスキーを楽しむ時間はなかなかとれない。そういう意味でも、2007年夏にニュージーランドで過ごした2週間は画期的だった。
真夏の日本を離れ、真冬の南半球でひたすらスキーに打ち込むうちに、滑ることの楽しさをあらためて確認できた。
シーズンを通して戦う障害者アルペンスキー・ワールドカップは、そのスケジュールも競技レベルも、年を追うごとに厳しさを増してきている。その中で上位を維持することには、一発勝負のパラリンピックとはまた違った難しさがある。
2006/2007シーズンは、序盤から苦戦が続いていただけに、このキンバリーの大回転での勝利はおおいに価値あるものとなった。
トリノ・パラリンピックの大回転。滑降、スーパー大回転と2種目連続で2位にとどまった後、ついに念願の金メダルを勝ち取った。2位との差は、2本合計でわずか0.08秒。
きわどい勝利だったが、ここに至るまでのたくさんの重いが込められた金メダルは、無我夢中のうちに獲った長野のときよりも、ずっしりと重く感じられるものだった。
障害者アルペンスキー世界選手権のスーパー大回転。1998年に開催された長野パラリンピック以来となるビッグイベントでの金メダルを、この種目で獲得した。しかも、2位以下に実測で7秒以上もの差をつけての圧勝。
さらに、続く大回転でも金メダルを獲り、2年後に控えたトリノ・パラリンピックに向けて、大きな弾みとなった。