最終更新日: 2007/09/18 | Edit
8月、4年ぶりにニュージーランドを訪れた。うだるような猛暑の日本を飛び立てば、南半球の到着地はもちろん冬真っ盛り、当然、目的はスキーである。長野パラリンピック前の2年問、チームで行なっていたニュージーランド遠征が、ソルトレイク大会を直前にして、復活したのだ。トレーニングするスキー場も宿舎も4年前とまったく同じである。
宿のオーナーは、われわれをまた快く迎え入れてくれたし、マスコット犬ミリーも以前と変わらぬ歓迎を、小さな身体いっぱいで表現してくれた。何もかも4 年前と変わっていない。東京だったら、数カ月単位で目まぐるしく店が変わり、4年経てば町の様相だってすっかり変わっても不思議ではない。さすが、人口よりも羊の数が多いニュージーランド、せわしさとは無縁のゆったりとした時問の流れは、あたかも時計の進み方そのものが違うかのようで、懐かしささえ感じられた。
しかし、そんなニュージーランド南島の小さな町、ワナカにも変化はあった。日本人客がとても増えているのだ。4年前だって、日本人の姿はかなり目立った。スキー場のレストハウスには日本人スノーボーダーがたむろしていたし、町を歩けば日本人らしい姿を見かけることもあった。けれど今回は町を歩く人の 6〜7割、スキー場のレストハウスにいたっては8割方が日本人だったように思われた。聞きなれた英語での会話のなかに、日本語が混じると耳につくから、実際よりは日本人が多くいたように感じたのかもしれない。けれど、町なか、ゲレンデなどいたるところに、日本語による張り紙が目立って増えていたのはまちがいない。
到着早々、宿で目に付いたのは日本語による説明書だった。国際電話のかけ方、コインランドリーの使い方に始まり、「使った皿は自分で片づける」「ベッドはなるたけきれいに使おう」「使ったタオルは元の場所に置く」といった実に、きめ細かいアドバイス(?)が、A4のペーパー2枚にびっしり書き込まれていたのだ。そして最後に「ここのオーナーはワナカ一番の親日家です。信頼を損なうことのないよう、マナーには充分注意してください」といった解説までついていた。ちなみに英語による同様の使用説明書は見当たらなかった。この利用案内は、どう考えても日本人宿泊者に限定して発信されているものだろう。電車内のアナウンス、電気製品の説明書など、「ばか」がつくほどていねいで、うっとうしいくらいきめ細かいのが日本流のアナウンスの特色ではあるが、まるで幼い子供を諭すような内容にはちょっと驚かされた。
さらに数日後、スーパーマーケットでも同様のショックを受けた。ヨーグルトの売り場に「こちらの商品はまとめ売りです。切りとって持っていかないでください」との張り紙。4つ、6つという単位でまとめて売られている商品を、自分の欲しい数だけちぎって、ひとつ、ふたつ持っていってしまう人がいるらしい。たしかに表面のシールに傷や穴のあいた無残な姿のヨーグルトが転がっている。ここにも英語による表示はない。残念ながらこうしたマナー違反をするのは日本人だけだ、と思われているようだ。ごく一部の人間の逸脱行為によって、日本人全体のイメージが悪くなることの好例なのかもしれない。
こうした張り紙がされることは日本人としては当然、恥ずかしい。問題はこれが文化、習慣の違いによるものではないことだ。日本の店でだって、ヨーグルトはいくつかまとめて売られていることはよくあるが、ひとつだけ欲しいからといって、自分でちぎってレジに持っていく客はいない。宿舎のベッドをどう使うかは個人のモラルであって、日本人だから「こう使う」という習慣はないはずだ。好意的に解釈すれば言葉の壁があって、店員やオーナーに質問ができなかったのかもしれない。もし万が一「旅の恥はかき捨て」という意識があるとしたらとても、残念なことだ。
スキー場でも一部日本人のマナーは感心できるものではなかった。ゲレンデに一軒しかなく、しかもあまり広くないレストハウスは、コンディションが良くない日には決まって日本人によって占拠されていた。滑れないほどの悪天候でもリフトが動かないわけでもないが、彼らは外に出ようとしない。太陽が出て風もなく温かで、フカフカのパウダー、という絶好の条件が来るまで待つ「晴天待ち」なのだそうだ。大会や試合などの目的を持たずに遊びにきている人たちは、コンディションが悪い日に無理して滑る必要はないかもしれない。けれどだからといって、無料のお湯をもらってつくったカップラーメンをすすり、ポットに入れて持参したコーヒーを飲みながら、日がな一日レストランのテーブルを占拠していてもいい、ということにはならないのではないだろうか。目撃情報によれば、「晴天」にそなえて、人通りの多い通路で、入念なストレッチを行なうグループもいたらしい。彼らは「晴天」がこなければ一度もスキー板を履かすに、「今日はついてなかった」と迎えにきたバスで山を下る。それがたとえ数日問続いても、別に気にはならないらしい。むしろ、せっかくニュージーランドまで来たんだから、とがんばってしまうほうが彼らにとっては、「かっこ悪い」ことのようだ。
こうした「晴天待ち」をする人の中には、語学研修を兼ねたホームステイでやってきて、その後、数日間から数週間を「大好きな」ゲレンデで過こす学生も多いらしい。彼らの生活ぶりを見る限り、リストラだ、失業率が過去最高だ、などという日本の経済状況はウソではないかと思えてしまう。それくらい、彼らはのんびりゆったりと、実に生活感を感じさせないバカンスを楽しんでいるように見えるのだ。
時間とお金がたっぷりある人はもちろん、ニュージーランドでもどこでも、世界中でも楽しく過こしてくれればいい。けれど、マナーと常識くらいは日本に置いていかずに、持っていってほしい……。そう思うのは、余裕のない者のひがみなのだろうか。
«新たな一歩 《月刊スキージャーナル 2001年10月号》 | 大日方邦子のコラム | もうひとりの自分 《月刊スキージャーナル 2002年1月号》 »
«新たな一歩 《月刊スキージャーナル 2001年10月号》 | Voice | もうひとりの自分 《月刊スキージャーナル 2002年1月号》 » «新たな一歩 《月刊スキージャーナル 2001年10月号》 | 大日方邦子のコラム | もうひとりの自分 《月刊スキージャーナル 2002年1月号》 »