大日方邦子のコラム

もうひとりの自分 《月刊スキージャーナル 2002年1月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 ソルトレイク・パラリンピックの開催まで、あと3カ月ほどに迫った。日本からは、アルペンスキー14名、ノルディック8名、アイススレッジホッケー15名の、計37名が参加する。

 今回の大会は、長野大会の時と比較すると、ふたつの大きな違いがある。ひとつは、長野大会で日本チームにメダルラッシュをもたらしたアイススレッジスピードレースがなくなったこと。そしてもうひとつは、知的障害の選手たちがパラリンピックに参加できなくなったことだ。


 スレッジレースがなくなったのは、練習・競技会場となるアイスリンクを、スティックが傷つけてしまうため、どこの国でも会場確保がむずかしいことが理由だという。練習会場が確保できなければ、競技人口も増えず、競技の普及もありえない、ということだ。


 そして知的障害の選手の参加が認められないのは、シドニー・パラリンピックの時、スペイン・バスケットボールチームが行なった不正が原因だ。本来、全員が知的障害者で構成されているはずのチームが、スペインチームの場合、12人中10人が健常者だった。彼らが大差での連勝で金メダルを手にしたのは、当然のことながら言語道断、まったくもってひどい話である。そもそも出場資格のない人問が、何食わぬ顔でパラリンピックに出場できること自体、信じがたい話ではあるが、そんなことがまかり通るには理由がある。


 実は「知的障害」というのは、各国によってその定義がばらばらであり、かつ、その障害の程度を測る明確で信頼できる「ものさし」がなかったのだ。身体障害ならば、外見や運動能力、行動などでそれなりに障害の種類と程度の見分けがつくし、競技ことに、障害の程度を見分ける運動機能テストという「ものさし」ができ上がっている。けれど知的障害の場舎は、外見で見分けるのはむずかしい。ただそれにしても参加資格の有無の決定という、もっとも根本的な事柄が「自己申告」だけ、というのは常識では考えにくいことだ。


 スレッジレース競技と、知的障害者の競技。このふたつに共通しているのは、ともにパラリンピック参加の歴史が浅く、短かったということだ。スレッジレースはリレハンメル大会から始まり、2回の大会でその歴史を閉じた。また、長野大会で初めて成立した知的障害のクラスは、シドニー大会でひとまず幕引けとなった。両競技・クラスともたった2回しかパラリンピックに参加できなかった、というのはただの偶然なのだろうか。


「幻の」パラリンピック種目・カテゴリーを生み出してしまった、このふたつの事態の原因は、競技そのものの未成熟さにあるのではないかと思う。スケートリンクを傷つけてしまって、競技が普及しないならば、それを回避するためのルールや道具づくりは、本来、パラリンピック種目になる以前に解決しておくべき話だ。また、知的障害のクラスの競技が公平に行なわれるためのルールが確立されてはじめて、そのカテゴリーの参加が検討されるはずではないだろうか。


 もちろん、それらの競技に取り組む選手や、真剣に普及しようとしている関係者が悪いわけではない。思いつきのように競技に加えられ、泡のようにパラリンピックという世界から消えてしまう……、このような大会運営で、もっとも打撃をこうむるのは選手自身なのだ。パラリンピックは、障害を持つ選手たちの多くにとって、最大の目標、憧れのステージだ。出場をめさしてトレーニングを積んでいたのに、突然、目の前からその目標が消えてしまった選手のことを考えると、同じ選手としてとても胸が痛む。


 幸いにもアルペンスキーはもっとも歴史がある競技のひとつであり、競技人口も多いので、種目の存在そのものが危ぶまれるような状況は、わが身に降りかかってきそうにない。とはいえ、われわれ障害者アルペンスキーナショナルチームも、障害者スポーツが今のところ持っている、未成熟さや脆弱さ、基盤の弱さ、などを抱えた組織であることは事実であり、一選手としては、競技の本質とは関係ないものからの影響を受けないよう、努力する必要があると思っている。


 いろいろむずかしいことを書いてしまったが、実は今、ソルトレイク大会の代表メンバーに選ばれたことがきっかけとなって、「自分にとってパラリンピックとは何か」「パラリンピックを通して、今まで何を感じてきたのか」を、あらためて自分自身に問い直している最中なのだ。ソルトレイクがいよいよ近づいてきたためか、取材やら原稿やらシンポジウムの依頼などがポツポツ舞い込むようになり、それらが自分の考えをまとめる格好の機会になっている。


 取材を受ける、ということは、結局は自分自身の考えをまとめ、自分自身を発見することなのかもしれない。日頃の自分の仕事は取材することであり、取材を受けてくれる人をいろいろなアングルから見ようとする癖がついている。そうしたディレクターとしての立場を保ちつつ取材を受けていると、自分を客観的に見ているもうひとりの自分に気づくのだ。


 金メダルをとったダウンヒルの試合の時、熱くなっている自分を冷静に見つめるもうひとりの自分が、コースにいたような気がする。アドレナリンを思いきり出して果敢に滑る一方で、コース状況などを冷静に見極めることも必要なアルペンレースの場台、表現はまちまちかもしれないが、多くの選手が似たような感覚を持っているのではないだろうか。そして、仕事上でも日常生活でも、何かひとつのことをやろうとした時、現在の状況にどっぷりはまっている富分と、そんな自分を冷静に見つめる視点を持つと、うまくことが進むのではないか、とも思う。


 そんなことをツラツラと考えられるのもスキーの魅力、と感じている昨今です。