最終更新日: 2007/09/18 | Edit
先シーズンはスキー場にいる日数がいつもの年よりも多かった。菅平、志賀高原、白馬、アライなど長野県、新潟県、そして職場と自宅のある東京を渡り歩いていた。そんな私の足になってくれたのはもちろん、わが愛車、レガシィである。多くのスキーヤーから愛されているレガシィの魅力は、四輪駆動の強さが雪道で発揮されること、スタイリッシュでありながらなおかつ、たくさんの荷物を積めることなどがあるのではないだろうか。パラリンピック・アルペンチームにも愛好者は多い。私がレガシィと出会ったのは、社会人1年生になる年の春だった。雪道運転に自信のない私は、「ひとりでも滑りに行けるように」を口実に、大学生にしてはきわめて贅沢であったが(と私は思っていたが)、四駆でスキーヤーに人気の一台を私の相棒に指名したのだった。
チェアスキーの選手たちが車に乗せる荷物は膨大だ。スキーバッグの他に、車いすとチェアスキーフレームが車内に常備される。私の場合、何台もあるスキー板はたいてい、車体上のスキーボックスに積む。これが基本セットだ。もっとも荷物の多い時はフレームが2台、スキー板が5セットに備品が加わって、人間がふたり乗っていたこともある。さらに今年は、長期滞在・自炊型のホテルを使用していたので、電気プレートにキャンプ用の皿セット、調味料などの入った食料バッグも加わった。パラリンピック直前は、体調を考えて枕やら掛け布団まで乗せていたこともあった。こうなると、いかにたくさんの荷物がつめるわが愛車とはいえ、後部シートをすべて倒して荷室にしても、後方視界がまったくなくなってしまう。わが愛車は過酷な労働条件に加え、勤務時間(?)も長い。通勤にも使っているため、5年間で10万キロを超える走行距離を稼いでしまった(もっとも私をはるかにしのぐ走行距離を稼いでいる猛者はチーム内にはまだいるが)。
快適だった愛車の体調が、変調をきたしたのはシーズンも終盤になってからだ。高速道路の上り坂でアクセルを一杯に踏み込んでも、以前のような反応が得られない。心なしか、道路から受ける振動も大きく感じられるようになった。さらに、ソルトレイクから帰国後、しばらくしてエンジンがかかりにくい状態がたび重なるようになり、ついに修理のための「入院」を余儀なくされた。そして今は、ブレーキの摩擦音がしている。どうやらオーバーホールか、部品交換が必要らしい。長野パラリンピックをはじめ、多くの国内大会やゲレンデに一緒にいったマイカーには愛着を感じていて、まだ手放す決心が固まらない。けれども同時に、長距離を乗ったときの快適性や安全性を考えると、新しい出会いを求めてもいいのでは、という考えも頭をもたげてくる。
マイカーをいつごろ乗り換えるのか、人によって価値観はさまざまだろう。スキー仲間には、一度も車検を通したことがない、つまり新車で購入して3年以内に乗り換える人もいるし、ここ10年、メンテナンスをしっかり行ない、変わらぬ愛車でゲレンデに乗りつける人もいる。わが家の場合、マイカーは、「もう充分使命を果たした」と誰もが納得するまで乗り続けるのが通例である。20数年前、私が交通事故に遭い、必要に迫られて両親が買った初代の愛車は、オープンカーでもないのに、後部座席は頻繁に雨漏りをしたが、私たち家族を乗せて山へ海へと走ってくれた。共にいる時間が長いとそれだけ、家族全員の愛着は強まるらしく、いまだに時折、愛称(?)「ボローバード」の思い出話が出ることもある。
心の底では迷いを持ちつつも最近、ディーラー巡り、新車チェックをはじめた。第一のチェックポイントは荷室の広さだ。展示されている車で真っ先に開くのは、運転席ではなく、カーゴスペースのドアである。荷室は、車いすとチェアスキーフレームが縦に入って、なおかつ左右上下に余裕のあるのが理想だ。どこに何を積めばよいか、フレームや車いすの形をパズルのようにイメージしながら、後部シートももちろん倒してチェックする。そして同じくらい重要なのが車高だ。というのは自宅の駐車場はマンションの半地下にあるため、レガシィにルーフボックスを積んだ高さが限界なのだ。スキー板をキャリアに直接積むのは論外なわけだから、車内に積むか、ボックスを積んでその中に収容するしかない。長距離ドライブの快適性も重要だ。安全性もほしいし、故障の多い車も困る。言い出せばキリがない。そして何より予算が大切だ。スキー場に行くための車は買えても、スキーをするためのお金がなくなってしまっては元も子もない。
車選びでもうひとつ大切なのは、改造装置の取り付けだ。以前にもこのコラムに書いたが、身体に障害があっても、車を改造することによって、多くの人が自ら運転できる車を手にいれられる。最近、巷では"あの"乙武君の乗用車取得&免許取得が有名だろう。ただし、彼のように障害が複合的な場合、日本ではまだまだ改造費用の個人負担が大きくなり、アメリカから改造車を運ぶほどの経済的な余裕がある人しか、実質的にはマイカーを持てないのが残念ながら実状である。自分で車を運転できれば、車いすユーザーの行動範囲は飛躍的に向上する。私自身だって、自分で車を運転していなければ、こんなにスキー場に通い詰めることは到底不可能だし、そうであれば選手もやっていなかったに違いない。
スキー場通いに必要不可欠な私の足になってくれる次代の相棒探しは、じっくり選びたいと思う。スキー場がオープンするまでの週末やちょっとした空き時間は、車選びで楽しめそうだ。
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