大日方邦子のコラム

「モンド」がわが家にやってきた 《月刊スキージャーナル 2002年9月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 わが家に家族が増えた。といっても人間ではなく、生後2カ月ちょっとの、トイ・プードルの子犬だ。

 名前は「モンド」。ワールドカップ・サッカーが盛り上がっている頃にやってきたので、イタリア語で「世界」を意味する「mondo」から名づけた。「美男チーム」と呼ぱれたイタリアチームにあやかり、かっこよく(?)、愛想のいい犬に育つように、という意味もある。それに4年後のトリノ・パラリンピックも視野に入れて命名した。とにかく、たくさんの思いが込められた名前をプレゼントされた子犬は、クマのように真っ黒で毛むくじゃらな身体で、わが家を元気に走りまわっている。


「モンド」は、パラリンピック仲間である森井大樹選手の家からやってきた。先シーズン、一緒に練習することの多かった彼とは、夕食時など、犬の話でしぱしば盛り上がった。森井家にはショードッグを含め、たくさんの犬がいて、子犬を生ませることもある……など話に聞いていた私と夫は、「シーズンが終わったら犬と遊ばせてもらおう」と機会をうかがっていたのだ。


 園遊会やら官邸訪問などの公式行事が終わり、オフシーズンの生活スタイルに落ち着いた5月下句、ようやく森井家訪間がかなった。真っ黒な、よちよち歩きの子犬を見せてもらったとたん、われわれふたりの心は「この子をもらおう!」と決まったのだ。私にとっては、官邸訪問や宮中訪問よりも重大な訪問だった。なにせ、家族が増える運命的な出会いがあったわけだから……。


 実は長野パラリンピックが行なわれた4年前の夏、私は9歳の時から飼っていた愛犬を亡くした。国内でのビッグ大会を観戦することをとても楽しみにしてくれていた家族だが、一同が志賀高原に集まることはなかった。犬の面倒を見るために、誰かひとりはかならず、自宅に残るようにしていたからだ。そして、大会後の騒ぎが落ち着いた夏、深夜に帰宅した私を待っていたかのように、目の前で静かに息を引き取った。17歳という犬にしては高齢での死は、天寿をまっとうしたのだとは思う。それでも、家族同様の犬を亡くした悲しみとショックは深かった。


 21年前の夏、身勝手な人間の都合で捨てられた動物たちの収容所で、処分される寸前に、縁あってわが家の一員となったのは、やはり真っ黒な子犬だった。賢く育つことを願い、名づけたその犬「ウィッツ」は、穏やかな性格の持ち主で、人間の言葉の多くを理解できる、最良のパートナーとなった。庭にいる時は、部屋の前で家族が出てくるのをじっと待ち、室内で生活するようになってからは、私のベッドの下を寝床にしていたウィッツは、飼い犬というよりは、共に育った兄弟のひとりだった。今でも彼の利発で愛くるしい姿を思い出すと、涙が出てくる。実家に戻れば、誰からともなくウィッツの思い出話が持ち出され、しんみりしてしまうのがつねだ。


 これほど辛い別れは二度といやだ、と心に決めていたが、小さい頃のウィッツそっくりの、真っ黒な子犬を見ていて、気持ちが揺らいだ。新しい犬を家族に迎えると、ウィッツとの思い出が薄れてしまうのでは、とも思っていたが、無邪気に走りまわるモンドの姿を毎日、目にしていると、むしろ記憶が鮮明によみがえってくる。しかもそれは悲しみを伴うものではなく、楽しかった思い出として戻ってくるから不思議だ。


 今、わが家は「モンド」のしつけに熱中する毎日だ。トイレの場所を覚えた、呼びかけに反応しない、と一喜一憂する親バカぶりだ。最近では、欧米のように犬と一緒に入れるレストランやカフェもぼちぼち増えてきたし、ペット連れで泊まれる宿もずいぶんと一般的になった。成犬になっても膝の上に座らせられるサイズの犬だから、人の言葉が理解できれぱ、一緒に出かけられる場所も多いに違いない。もちろん、スキー場にも連れて行く予定だ。真っ黒なので、白銀の世界にはさぞや映えるだろう。好奇心旺盛なモンドは、雪の上でどんな反応を示すだろう……、チェアスキーの上に乗せて滑れないかなあ……、などと想像を膨らませていれば、蒸し暑い夏も乗り切れるような気がしてくる。待てよ、雪を体験させるよりも先に、海や川に連れて行こうか……。こんな調子では、まだしぱらく犬中心の生活が続きそうだ。


 最後に、先月号で取り上げたスポーツクラブ問題の続報をお伝えしたい。車椅子で利用しようとして門前払いされた話を、法人会員であるわが職場からも問い合わせてもらった。結果、現状ではやはり利用を断っているとのこと。残念な結果ではあるが、これが今のスポーツクラブの実態なのだろう。けれど、こうした問題の存在にまず気づいてもらったこと、それが開かれたスポーツクラブヘの道の一歩になるのではないかと思う。先日、新聞と一緒に入ってきたペットショップのチラシに、犬がランニングマシンで走っている写真を見つけた。どうやら犬もマシンを使う時代になったらしい。近い将来、愛犬と一緒にスポーツクラブに通う人が現われたとしても不思議はないだろう。そしてペットの使用を認める時代が来る頃には、障害のある人間の利用はより広く認められるようになっていてほしいものだ。