大日方邦子のコラム

迫るアテネ、悩める日々 《月刊スキージャーナル 2004年10月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 皆さんの手元にこのコラムが届く頃には、きっとオリンピック報道で日本中がおおいに盛り上がっていることだろう。原稿を書いている現在は、まだ開幕前だが、テレビの画面にはもうずいぶん前から「アテネオリンピックまであと○日」のフレーズが踊り続けている。そして、その文字を目にし、耳で聞くたびに、焦燥感に駆られ、胃が痛くなる日々を、私はこのところずっと過ごしている。

 その原因ははっきりしている。私もアテネに行くことになっているからだ。オリンピックではなくパラリンピック、そして選手ではなく報道の立場でのアテネ行きである。パラリンピックの開幕は、オリンピック閉幕の2週間後。まだまだ時間がありそうに思えるかもしれないが、実際はまったくそんなことはない。だから、オリンピック報道が熱を帯びてくるにしたがって、「パラリンピックまであと○日しかないよ! 準備は間に合うの?」と問い詰められているような気持ちになってしまうのだ。


 オリンピックのような世界的スポーツイベントをテレビ局が放送する場合、実に多くの事前準備が必要となる。映像の国際配信、中継のカメラポジション、人員の移動や配置、大会全体の情報、各国選手の情報や各競技の取材……などなど、やっておくべき仕事はいくらでもある。パラリンピックの場合も、規模が小さくなるだけで、事前の準備や取材の重要性はまったく同じだ。


 それに加えて、パラリンピック特有の情報収集および整理も必要になる。今、私が頭を痛めているのが、パラリンピック独自のルールに関する情報と、障害の種類・程度別に分かれたクラスをどう表現するのか、という問題だ。


 たとえばオリンピックの場合、陸上男子100mの金メダルは、もちろんひとりだけに授与される。それがパラリンピックでは、男子100mだけで13人の金メダリストが誕生することになるのだ。具体的には、視覚障害の選手が3クラス、脳性まひの選手が4クラス、脊髄損傷などで競技用車いすを使う選手が3クラス、義足などを使う選手が3クラス、という内訳になる。さまざまな障害を持つ選手が、平等な条件で競うための措置だが、一般にはなじみがなく、わかりにくいものになっている。


 しかも公式には、このクラスがアルファベットと数字で表記されるのだ。陸上ならたとえば「T54」「F41」といった具合になり、これが水泳だと「SB4」、自転車は「LC1」などといったクラスを、それぞれが持っている。パッと見ただけでは、何を表わしているのかわからず、まるで暗号のようだ。実際には、一字一字にちゃんと意味があるのだが、やっかいなことに、それぞれの数字の持つ意味は全競技共通ではない。パラリンピックの各競技関係者には周知のものであるとはいえ、これをそのまま視聴者に見せたのでは、それこそ暗号になってしまう。


 複雑な「暗号」を解読し、どうしたらパラリンピックにあまり縁のない視聴者にもわかりやすい表記になるのか。いろいろと考えを巡らせてはみるものの、これが実にむずかしい。NHKだけの問題ではなく、新聞などの他のメディアとも歩調を合わせないと、かえって混乱をきたすことも考えられる。結局、今回のアテネ大会では、障害別のカテゴリーを一般的な表現に言い換え、そして数字はカテゴリーごとにあらためて振り直すことで、日本のメディアの大半の意見が一致した。


 ただし、この方法に難点がないわけではない。一番の問題は、複数の種目に出場する選手が、種目によってクラスが異なるように見える場合があることだ。たとえば、「陸上800m」では「車いす4」に出場した選手が、同じく「1500m」では「車いす2」に出場する、というような事態が起こり得る。どちらも、公式な表記では「T54」というクラスなのだが、1500mでは2クラスしか競技が実施されないために、このようなことも起こってくる。


 国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)の結びつきは、今後ますます強くなる方向に進んでおり、近い将来、オリンピックの1種目として、障害のある選手の競技が取り入れられることも、現実味を帯びてきた。実際、アテネオリンピックでは、陸上の車いすトラック競技のいくつかが公開競技として行なわれる。競技レベルが上がり、プロとして活動する選手も増えるなど、現場レベルでのオリンピック化も確実に進んでいる。自分自身、当事者のひとりとして、パラリンピックをより多くの人に見てほしいと思うし、そのためにはオリンピックへの接近は当然の道だと考えている。しかし、早く追いつこうとするあまり、一般の人々の関心と理解を得るための努力を置き去りにしてはならないだろう。細かすぎるクラス分けや、わかりにくい表記は、関係者以外の人たちへの配慮をあまりに欠いているように思えてならない。


 そうは言っても、障害の種類や程度によるクラス分けは、パラリンピックに不可欠だろう。そこで個人的には、スキー競技で採用されつつある「3クラス制」に将来的な可能性を見い出している。「3クラス制」とは、細かく分けられたクラスを「立位」「チェア」「視覚障害」の3つに統合するもの。その際、障害による不公平をできる限り減らすために、実測タイムにクラスごとのハンディキャップ係数を掛け、計算タイムで競い合う。その係数がそもそも障害の程度を正確に表わせているかという疑問と不信感が選手間にあるのは事実だ。だが、少なくとも一般の人が見たときに、比較的わかりやすいシステムではあると思う。


 パラリンピックをよりわかりやすくし、多くの人に見てもらうためには、IPCや各競技団体が取り組んでいくべきことがたくさんある。開幕までの準備に忙殺されながら、ついそんなことを考えてしまうのは、やはりオリンピックの盛り上がりがまぶしく見えるからかもしれない。