大日方邦子のコラム

プロアスリートの心と役割 《月刊スキージャーナル 2004年11月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 このコラムがみなさんのお手元に届く頃、ちょうどアテネ・パラリンピックが開催されているはずだ。先月号でも触れたとおり、私はNHK取材チームの一員として現地に入り、放送の仕事に明け暮れていることと思う。そして何を隠そう、このコラムはまさにアテネに向かう機内で書き始めている。

 放送に向けての準備の一環として、この数カ月、チーム合宿に取材に行ったり、選手の練習を撮影させてもらったり、夏のパラリンピック・アスリートや関係者と関わる機会が多くなっている。冬の競技とは選手数も競技数も競技内容も異なることが多く、とても興味深い。今回は、そんな「取材者」としての立場から見たパラリンピック選手について、私が感じたことを書き綴ってみたい。


 4年前のシドニー大会のときと比べて、大きく変化していると感じる点のひとつが、プロ化が進んでいるということだ。これは海外に限った話ではなく、日本のパラリンピック選手の中にもプロアスリートを名乗る人が増えてきている。


 スポンサーは選手の活動資金を出し、選手は良い成績を残して名を売ることでその期待に応える。プロとはまさにそういうものであり、パラリンピック選手にもそれだけの「商品価値」があると認められるようになってきたということだ。これは、パラリンピックが日本の社会にも一定レベルで浸透したことの、ひとつの証だと思う。アメリカやオーストラリア、そしてドイツといった欧米諸国を中心に、海外では以前からプロとして活動するパラリンピック選手がそれなりに存在してきた。その域に日本が多少なりとも近づいたということは、パラリンピック全体の発展にとってすばらしいものだと思う。


 しかし、手放しで喜んでばかりもいられない。プロ選手とはいっても、現状では金銭的にはかなり厳しい状況に置かれている人がまだまだ多い。それでも競技に専念する環境を手に入れたいという強い思いから、あえて厳しい道を選んだのが、現在のプロ選手たちなのだ。自分ではそこまで踏み切れない私は、勇気ある彼らを選手としてとても尊敬している。ただ、取材をする側にまわってみると、プロとはどういうものなのか、いろいろと考えさせられることが多かったのも事実だ。


 競技をすることで多少なりとも金銭を受け取れば、プロを名乗ることはできる。しかし、その選手が本当の意味でプロと呼ばれるにふさわしいかどうかは、そんな単純な事実だけでは決まらないように思う。金銭の授受も含め、周囲からプロとして扱ってもらうことだけを求めてそれで良しとしたのでは、あまりに都合が良すぎる。やはり、プロにはプロとして担うべき役割があるのではないだろうか。


 プロの役割とは、一義的には前述したとおり「良い成績を残す」ことだろうが、それだけではない。多くの人に見てもらい、応援してもらうことまでをも含んでいると、私は考えている。そのための努力を自らに課すことができなければ、その選手に価値は生じない。


 アテネ・オリンピックでも、多くのプロやセミプロの選手たちが活躍していた。柔道の谷亮子選手はアテネに専用の練習場を借り切り、同行した5人の練習パートナーとともに調整をしたという。また、水泳の北島康介選手がプライベートチームによるプロジェクトを組んで臨んだことも有名だ。金メダルを獲るためにそこまでの準備をするのが、今のオリンピックにおけるプロの戦い方なのだろう。


 そんな華やかな面ばかりに注目が集まりがちだが、一流のプロと呼ばれる人は、周囲の応援者やスポンサー、そしてメディアに対して相当な配慮をし、プロとしてふさわしい振舞いをするべく努力している。試合に負けて気持ちが落ち込んでいるときでさえ、ファンへの握手やメディアのインタビューに応じなければならないこともあるだろう。国を代表するオリンピック選手ならば、たとえアマチュアでもそうした義務と責任を負うが、プロを名乗る選手には、それをより高いレベルで要求されるのが普通だ。


 中には、「プレーがすべて」と言い切り、あまりインタビューを受けたがらない選手もいる。だが、それができるのはメジャー競技の、しかもごく一握りのスター選手だけだろう。たとえば野球のイチロー選手やサッカーの中田選手がそうだが、そのスタンスの是非はひとまず別にして、それでもニュースになるだけの活躍を彼らは実際に続けていることは事実だ。


 残念ながら、今のパラリンピック選手にそこまでのニュース性はない。健常者の野球やサッカーとは違い、まだパラリンピックの存在自体を広く知ってもらわなければならない段階だ。だからこそ、先駆者である現在のプロ選手たちには、大きな期待が寄せられている。パラリンピックへの理解を広げるためには、表現は悪いかもしれないが、彼らに広告塔になってもらう必要があるのだ。そんな意識を、プロ選手たちにはぜひ強く持ってほしいと願っている。


 そのことを実によく理解している選手に、今回のパラリンピック取材で出会えたことは幸運だった。陸上の車いすレースに出場する廣道純選手だ。非常にフランクな性格で、取材のしやすさは抜群だった。


「スタートの1分前にカメラを向けられ、コメントを求められても平然としてなくてはいけない」


 笑顔でそう語る廣道選手に、「この人は本物のプロだ」と深く納得させられた。そして、同じ選手としても、とても大切なものをあらためて教えてもらった気がしている。


 私自身はプロ選手ではない。しかし、心はプロでありたいと思っている。障害者スポーツがより広く深く認知されるために、自分は何ができるのか。アテネでは、選手たちの活躍を伝えるとともに、自分自身にも多くのものを得られるような取材をしていきたい。