大日方邦子のコラム

思いは、はるかイタリアへ 《月刊スキージャーナル 2004年9月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 病院と縁の深い数カ月だった。まずは自分自身のアクシデントの報告から。ゴールデンウィーク明けの週末夜、ひどい吐き気と腹痛に襲われて救急病院に飛び込んだ。検査の結果は急性虫垂炎、緊急手術と相成った。交通事故で受傷した私にとって、病院は何かと縁のあるところだが、日本の病院に入院するのは久々だった。最近の入院暦といえば3年前のフランスでの入院騒動だ。ティーニュでの合宿中に転倒して、頭を打ち、ヘリコプターで運ばれたフランスの病院で数日を過ごした。以前のコラムにも書いたとおり、海外での入院はとてもスリリングで、文化や生活習慣の違いを感じる貴重な体験だ。とはいえ、身体にメスを入れる手術は、言葉の通じる日本の病院のほうが良いので、盲腸が暴れだしたのが海外遠征中でなくてよかった。

 私が虫垂炎で騒ぎを起こしていたその同じ時期に、実は父も入院していた。退院後も仕事を休み、実家で静養をしていた私は、数日間、入院中の父を見舞うことができた。後になって考えるとそれはとても貴重な時間となった。父もほんの数カ月前に開腹手術を受けたばかりだった。病室で私たちは「腹に傷を持った者同士」が共有する感覚について話したりしていた。けれど、時が経てば回復が約束されている虫垂炎とは異なり、父の病気はたちの悪いガンだった。そして懸命な病気との闘いは結局報われず、6月14日、父はに亡くなった。


 父のガンが見つかったのは、今年2月、スキーシーズン中のことだった。当初はガンだとは思わず、トレーニングを続け試合に出場していた。ジャパンパラリンピックのさなか、父に付き添っていた母の電話口でのただならぬ様子に不安を感じた私は、試合を急きょキャンセルして実家に戻った。そして医者から聞いた父の病状は、すい臓がんの転移が進み、末期症状という信じがたいものだった。その後、一度は開腹手術によって症状が改善し、自宅に戻って趣味の家庭菜園を楽しんだが、1カ月後に再入院、ふたたび家に帰ることはできなかった。


 父自身はスキーをまったくしない人だったが、娘がパラリンピック選手として活動することをとても誇りに思い、理解してくれていた。大きなケガにつながりかねない危険なスポーツに挑戦することに内心、はらはらしていたと思う。けれど親の手を離れ、勝手に始めたスキーにのめりこんでいく娘を黙って見守ってくれていた。自然の中に身をおく楽しさを始めに教えくれたのも父だった。幼いころ、障害があってもスポーツを楽しませたい、と両親が私のために探してくれたのは水泳だった。そして夏休みには何度も海水浴に連れて行ってくれて、大自然を満喫させてもらった。そのときの経験が、ときに厳しい表情を見せる自然と向き合うスポーツ、スキーにのめりこんだ私の原点なのかもしれない。


 そして父自身もここ数年、登山に夢中になっていた。父は外国航路の船乗りだった。大学時代もヨット部で活動し、一年の半分以上を洋上で過ごす職業を選択した父が、なぜ今ごろになって登山を始めたのか不思議だった、けれど先日、弟から意外な話を聞いて謎が解けた。実は、父はずいぶん昔から山に魅かれていたが、障害を持つ娘が体験できないことはしない、と心に決めていたそうだ。スキーという形で雪山を楽しむ娘の姿を見て、安心した父は山に登り始めた。登山経験のある弟をお供につれて、山に登り始めたのは7〜8年前からだ。


 海、山、畑……。父はつねに自然の中に身をおき、身体を動かし続けることが好きだった。私たち家族は父を送るにあたり、その生き方にふさわしい葬儀を行ないたいと考えた。宗教色なく送られたいという父の意向を汲み、祭壇は海と山と畑をイメージした。祭壇の一部に土を敷き、父が植えて大切に育てた畑の最後の収穫物、ジャガイモとたまねぎを置いた。ヒバの小枝を使って八ヶ岳をイメージした山の先には青い空と青い海。そして永遠の航海に旅立つためのヨットを飾った。参列してくださった父の友人・知人の方々には、お焼香代わりに、父が愛したビールで献杯をしていただいた。自宅に友達を招き、採れたての野菜をふるまいながら、酒を酌み交わすことが大好きだった父にふさわしい「お別れ会」だったと信じたい。


 仕事で家を長く空けることが多く、特別に仲が良かった父娘でもなかったが、ふとした瞬間に、父がもうこの世にいないことの寂しさを感じる。そんなとき、父は航海に出ているのだと思えば心も慰む。永遠の航海にでた父はきっと、世界のどこかを今もヨットで旅し、寄港先で登山を楽しんでいるだろう。父は、とりわけイタリアが好きで、寄航したフィレンツェやベニスの話をよくしてくれた。そして、母を連れてイタリアをふたたび訪ねることを夢見て、イタリア語を独習していた。2006年のトリノパラリンピックには応援に来てくれるはずだった。そんな父はきっと永遠の航海の途中、パラリンピック期間中にイタリアに立ち寄って、娘の試合を遠くから観戦してくれるに違いない。父が愛したイタリアの地で開かれるパラリンピックではこれまで以上の成績を残したい。