大日方邦子のコラム

オフトレにはやっぱり自転車(か?) 《月刊スキージャーナル 2005年10月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 今年のオフシーズン中のトレーニング課題は、持久力の向上だ。シーズン中、ほぼ毎日、雪上に立つので、後半になるとどうしても疲労が蓄積しやすくなる。来年の最大の目標は3月に行なわれるトリノパラリンピックだが、11月から雪上トレーニングが始まると、ワールドカップなどが大会直前まで息つく暇なく続く。シーズンを乗り切るため、体力の底上げと疲れにくい身体をめざして、この時期は持久力向上に力を入れたいと考えている。

 私の場合、持久系のオフトレのひとつは、義足を使って「歩く」ことだ。義足を使っての歩行は、健常者の2〜3倍の体力を使うというデータがあるそうだ。実際、近所を散歩するだけですぐに脈拍が100以上に上がるので、持久力向上に役立つ運動といえる。ただし、膝や腰に負担がかかるため、身体を壊さない適度な運動量の、さじ加減がむずかしい。


 車いすユーザーの場合、車いすを使っての移動は、健常者の「歩く」に匹敵する。けれど実は、腹背筋の使える私の場合、車いすをこいで平地を移動した場合は、あまり体力を使わず、日常生活の中では運動量がとりにくい。逆に上り坂では、歩くより大きな負荷がかかるが、どちらかといえば瞬発系の力が必要で、持久系の運動にならず、トレーニングには使いづらい。車いすは車輪がついている点では自転車に近いように見えるが、実際はかなり特性の異なるギアだ。まず、日常用車いすには自転車のようなブレーキがなく、手でリムをつかみながらスピードコントロールするので、下り坂は危険が伴う。また、前輪(キャスター)が小さいので、車道と歩道の段差や道路上のわずかな陥没にはまる可能性がある。そのため、キャスター上げ(後輪走行)をしばしば行なう必要があり、一般の路上では自転車のように、スピードを上げて走ることができないのだ。


 車いすユーザーでも自転車のように風をきって走る感覚を味わうことができ、なおかつ持久系のトレーニングに使えるギアはないだろうか。そんなことを考えているときに出会ったのが、「ハンドサイクル」だ。文字どおり、ペダルを足で踏む代わりに両手でこぐように作られている。一昨年、福祉機器展で見かけてから、トレーニングに使いたいと考えていたが、今回、長期間、借りる機会に恵まれ、使い勝手をいろいろ試すことができた。


 私が試したのは日常生活用の車いすに、変速機付きの前輪と手でこぐペダル部分がセットになったパーツを取り付けるタイプだ。特別な工具を使わずに車いすへの着脱ができるの。たとえば職場や買い物などで、屋内に自転車が乗り入れられない場所でも、パーツを取り外して置いていけば、自転車から車いすへ変身することができる一石二鳥の乗り物だ。日常生活に取り入れて使うことができるし、スピードもそれなりに出せて、さらに運動量も適度でまさに持久系トレーニングにぴったりのギアだった。30分近く走れば、全身にびっしょり汗をかくことができる。


 平地でペダルをまわしながらの疾走感はすばらしく、風をきって走るスピード感は、ちょっとスキーのそれと似ていなくもない。カーブを曲がるときの重心移動も、スキーのイメージトレーニングになる。けれど、ハンドサイクルは登り坂が苦手だ。前輪駆動なので、上り坂では車輪が空転してしまう傾向があり、ペダルをまわす力がうまく伝わらず、まどろっこしい。物足りなさを少し感じつつも、この数週間、ハンドサイクルで職場へ通い、週末に公園の自転車専用道路で走ったり、勾配の緩い道を探しながら新宿へ買い物に出かけるなど、さまざまなシチュエーションで使った。結果、トレーニングにも日常生活にも有効な乗り物であることを実感することができた。


 すぐにも購入し、トレーニングに使いたい気持ちは山々だが、気軽に買える値段でないのが悩みどころだ。「ママチャリ」レベルのハンドサイクルでも30万円近くはするし、もう少し本格的なものを望むなら、50万は必要だ。販売台数が見込めない、福祉機器固有の問題ゆえ、仕方がないとは思う。けれど高級自転車が数台まとめて買える値段設定には、購買欲も減退するし、そもそも懐具合が厳しい。スキーのトレーニングに有効なことは重々承知ではあるし、私の生活スタイルに適合しているということも理解した。同時に、シーズン中の活動費用のことを考えると、気持ちにブレーキがかかってしまうのもまた事実だ。


 実はハンドサイクルは、昨年のアテネ大会から夏季パラリンピックの正式種目に採用されている。競技で使われるのは、車いす部分とサイクル部分が一体になった競技専用マシンだ。先日、こちらも試す機会があった。カーブを曲がるのに、ハンドル操作をするのではなく体軸の重心移動で行なうため、よりスキーの感覚に近く、アメリカでは、チェアスキー選手のほとんどがオフトレにこのハンドサイクルを使っているそうだ。たしかにバランス感覚も養えるし、体幹や上腕の筋力アップにも有効だろう。だが問題はどこで乗るか、ということだ。日本の国土事情を考えると、思いつくのは河川敷の自転車専用道路くらいで、乗れる場所がかなり限られるこのツールを、これまた数十万円も出して買うのはもっと現実離れした話だ。また保管場所のことを考えると、マンション暮らしの自分にとっては、着脱式のママチャリが精一杯。しかしそれはそれでまた高価なわけで……。


 と、私の頭のなかでは今も堂々巡りが続いている。