大日方邦子のコラム

バランス感覚強化 カヌーでオフトレ(?) 《月刊スキージャーナル 2005年11月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 東京都心のコンクリートのジャングルに住んでいても、耳を澄ませば季節の変化を感じとることができる。ここ数日、セミの鳴き声に変わり、コオロギ(?)の美しい音色が耳に多く届くようになった。昨年よりは秋の訪れが早いように感じる今日この頃、もう少し夏らしいスポーツもしたかったなあ、とちょっぴり名残惜しくもある。

 今年の夏は何かと慌ただしく、海で泳ぎそびれ、山の夏も味わえなかったが、ひとつだけ新しいスポーツを体験することができた。チームメイトの長谷川順一選手の紹介で、仲間数名とカヌーに初挑戦してきたのだ。カヌーにもさまざまな種類があるようだが、今回は、カヌーポロという競技で使う種類のものに、競技用のプールで乗った。これならば海や川のように、波や水流を気にしなくてよいので、気ままに乗りまわすことができる。


 オールの使い方だけをごく簡単に教わり、すぐに水に浮かぶカヌーに乗り込んでみた。小まわりが効くぶん、左右のバランスをとるのが意外にむずかしい。慎重にオールを運んでいるときは問題ないが、より速く進もうと大胆に漕ぐと、上体がぶれやすく、左右のバランスを崩して転覆しかける。体軸が左右いずれかに、わずかにずれているだけでも不安定になる。自分では中心に乗っているつもりでも、ひと漕ぎしてみれば、ズレがすぐにわかるので、必然的に身体のバランスに敏感になる。ともに初体験となるチームメイトたちもそれぞれ、身体の機能に合わせて乗りこなそうと、漕ぎ方やポジショニングを工夫していた。


 始めのうちは、カヌーとは腕で漕いで進むものだと思っていたが、乗っているうちに脚や体幹の筋力も利用することがわかってきた。もちろん腕の力だけでも進むこともできるので、脚を使えない選手もそれなりに楽しめるし、腹背筋でバランスをとることができない選手たちは、救命胴衣を背中に当ててクッション代わりにしたり、脚の間に挟んでバランスを保とうとするなど、独自の方法を試していた。私は私で、片脚だけで踏ん張ってみたり、股関節を外旋させて太股をカヌー側面に押しつけるようにしたりと、いろいろなことを試してみる。そうしているうちに、どうすれば推進力が増し、安定性も保つことができるのかというコツが、徐々につかめてきた。


 普段、障害の残る脚と義足とで歩いている私の場合、無意識のうちに独自のバランスのとり方をしているところがある。それはカヌーにも応用できるらしく、オールの漕ぎ方を右と左でわずかに変えることで、結果的に左右対称に進んだり、安定したりすることがわかってきた。そして、水の上でバランス感覚を研ぎ澄ませながら試行錯誤していると、自分自身の身体のクセや左右差がはっきりと見えてくる。そのバランス感覚は雪上での感覚とも共通点があり、身体の動きのクセを体感しやすいので、スキーヤーがオフシーズンに楽しむスポーツとして適しているように思えた。雪上ならば、自分の身体のクセをスキー技術でカバーできても、水上ではそうはいかない。カヌーを操る技術がないぶん、より繊細にバランスを感じて、下半身と体幹の筋力を利用しながら上体が安定するよう集中する必要がある。


 この日は、カヌー初体験に引き続き、ボーリング、さらに桃狩り、そして最後は温泉で汗を流す、というフルコースで、山梨の夏(?)を満喫した。今回のイベントをコーディネイトしてくれた長谷川選手の企画力と遊びの達人ぶりに脱帽し、元気いっぱいのスキー仲間たちと遊びまわったことで、活力をもらった一日だった。普段、それぞれの地元でオフトレをしている仲間たちとも、オフシーズンにもたまには会って、一緒に身体を動かしてみると、良い刺激になりモティベーションが上がるものだ。


 日本チームの選手たちがそれぞれの自助努力によって、トレーニングを進めるなか、われわれにとって最大のライバル国であるアメリカチームの近況を知る機会があった。それによると、この時期、ディセイブルド(障害者)スキーチームのトップクラスの選手たちは、ボディ・ミラーら健常者のトップチームと一緒に雪上でトレーニングを行なっているのだそうだ。とくにGSに力を入れていて、旗門の間隔をメジャーで測るほどの緻密さで取り組んでいるという。それ以上の詳しい練習内容はわからないが、この時期に滑っている、しかも健常者のトップ選手と練習を共にしている、という話は、何ともうらやましく、ため息をつくばかりである。アメリカでは、障害者のナショナルチームはUSスキーチームの一部門として存在しているので、オフシーズンのこの時期に合同でトレーニングをするのは自然な流れなのかもしれない。


 数多くのパラリンピック競技の中でも、アメリカはもっとも競技環境が整っている国のひとつだ。とくにスキーにおいては健常者と障害者の「垣根」が低く、順調に融合が進んでいるように見える。もしかするとアメリカ国内において、スキーがマイナーなスポーツであることが、「健常者」「障害者」という違いを越えやすくしているのかもしれない。


 翻ってわがジャパンチームの状況は、目下、監督をはじめ日本障害者スキー連盟の役員が、活動資金を獲得するべく活動してくれているものの、事態はそれほど好転していないらしい。とはいえ、今シーズンはこの4年間の集大成となるトリノパラリンピックに向けて、より一層、充実した雪上トレーニングが必要だ。ましてや1月には日本で初めて、ワールドカップが開かれる。今年ばかりは、雪が降る日を、雪乞いしながらただ待つというわけにはいかない。条件の良いコースで早い時期から滑り始めるために、海外合宿を行なえるよう、強く望んでいる。アメリカチーム同様のトレーニング「量」は無理でも、せめて「質」では負けないような練習をしたい。そして同時に、選手の経済的な負担がわずかでも少なくなることを願いたい。