大日方邦子のコラム

シーズン開幕。日本アルペンチーム 《月刊スキージャーナル 2005年2月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 12月3日、待望の初滑りができた。場所は例年通り、鹿沢ハイランド。異常気象で季節外れの暑さにもめげずに、コース幅、長さともに白く覆われる場所が少しずつ広がるのを見るのが楽しみだった。

 今年の鹿沢ハイランドの雪の仕上がり具合はレーサーにとってはうれしい硬さで、昨シーズンよりも雪の状態は維持されやすいようだ(週末に遊びにきた一般のスノーボーダー泣かせのハードパックではあったが……)。そんな雪の感触をひさしぶりに楽しんでいたのだが、実は早くもちょっぴり派手な転倒をしてしまった。エッジがひっかかり派手に縦回転を3回ほどしたあげく、ハードパックされた雪面に顔面ダイビングしてしまったのだ。顔に擦り傷を負ったため、見た目はそれなりにみっともない。けれど、転倒の派手さのわりには意外に思えるほど、首も肩も大事には至らなかったのは不幸中の幸いだった。これをシーズン初めの厄落としと思いたい。


 そして本日12月12日、菅平のパインビークスキー場で予定より1週間遅れの滑り初めができた。とはいえ菅平の景色は依然として、冬とはとても言えないような「晩秋」の景色だ。本来、真っ白に覆われていてほしいゲレンデ(予定地)は、畝がはっきり見える畑地の「黒」と枯れ草原の「茶」が風景の大半を占めている。関係者の努力によってかなり強引に造られた白銀の世界が、黒と茶の秋景色の中に現われた様は唐突な感じだ。しかも今日は、暖かい南風が吹き、気温もぐんぐん上がった。この季節に、せっかく作った雪がどんどん溶けていくのを見るのはしのびないものだ。昨年のように見渡す限りの銀世界で気持ちよく滑れるようになるには、天然雪がドカンと降ってくれるのを祈って待つしかない。


 わが障害者アルペンスキーチームは、今シーズンも菅平にトレーニングセンターの拠点を置かせてもらう。これから3月末まで、海外遠征期間と週1日の定休日を除いてほぼ毎日、スキーに乗るシーズンがやってきた。チームのトレーニング自体は昨年とほぼ同様の予定だが、新監督が就任するなど少しずつではあるが、来シーズンに迫ったトリノパラリンピックに向けて、チーム体制がようやく整いつつある。


 他の選手たちもぼちぼちトレーニングに参加し始めている。シーズン初めからいきなり、昨シーズンまでとは見違えるような滑りを披露したのが17歳の三澤拓選手だ。幼いときの事故で片脚を失った彼は、小学生の頃から義足で野球を楽しみ、中学校では野球部に所属していた。そして、野球とほぼ同じ時期に始めた片脚でのスキーでも天性の運動能力の高さを発揮。国内大会で注目を集め、まだ中学3年生だった2シーズン前から菅平での練習に参加するようになった。


「スキーで世界一になる」。


 パラリンピックでの優勝はもとより「オリンピックでも勝ちたい」と公言する三澤選手が中学卒業後に選んだのは、地元長野のスキー名門高校ではなくニュージーランドへの留学だった。日本とは季節が逆の南半球に住めば、ほぼ一年中スキーをしていられる、という彼の目論見は予定どおりに進んでいる。さらにニュージーランドは柔軟なお国柄らしく、北半球の冬季4カ月はちゃっかり休学して帰国してチームの練習に参加しているが、高校の卒業資格は取れる予定らしい。いずれにせよ、年間を通じて滑り込んできた成果はかなり上がっているようで、昨シーズンまでの不安定感や線の細さは陰を潜め、片脚で滑っているようには見えないほど、ギャップや変化に対応し得る安定感と力強さを感じさせる滑りになってシーズンを迎えたようだ。片脚で滑る選手たちの世界レベルは極めて高く、これまで日本チームは歯が立たない印象が否めなかったのだが、伸び盛りの三澤選手ならば、世界に通用する日は近いかもしれないと期待している。


 三澤選手以外の若手選手もぐんぐんと力をつけていく日本チームのなかで、私ものんびりしてはいられない。先月号でパラリンピックとワールドカップ出場資格のルール変更について書いたが、最新情報によるとさらにルールが厳しくなり、技術系種目については高速系種目と技術系種目に分けてFISDポイントによる出場制限がされることになったそうだ。


 新ルールによると昨シーズン、スラロームで完走をしていない私は種目ポイントそのものがなく、このままではヨーロッパへのワールドカップ遠征ではワイルドカード枠を使わない限り、技術系種目に出場できない。地理的、また経済的な問題からポイント取得のためのコンチネンタルカップに出場するのは今シーズン、それも今からの計画ではとても実現不可能なのが実情だ。10月末の国際会議での決定事項によるルール変更が、今シーズンから反映されるという異常な事態に対して、チームとしては救済措置を求めているが、今のところ返事はないようだ。


 ヨーロッパ中心主義と急速なエリート化が進む障害者スキー界のなかで、資金力もなければ地理的にも不利な日本チームの立場は厳しさを増す一方だ。しかし、ルール変更を嘆いても仕方がない。今、選手としてできることは、今シーズンのワールドカップすべてに出場するつもりで準備を進め、良い結果を残せるよう日々、トレーニングするのみだ。