大日方邦子のコラム

ケガの功名 《月刊スキージャーナル 2005年3月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 シーズン早々、派手な転倒で顔に傷を負ったことは先月号で報告したが、 その傷跡が消えきらないうちに、またしてもケガをしてしまった。今度は左脚の膝だ。「スキーヤーが膝を負傷」というと滑走中のケガのイメージが強いが、私の場合は違った。練習終了後、雪のない駐車場に車を停め、地面に降り立った次の瞬間、バランスを崩して膝をねじりながら転んでしまったのだ。私の左脚は、かろうじて歩ける状態で残っているものの、大きな後遺症がある。とくに膝周辺の靭帯はボロボロで、ちょっとしたはずみで痛めてしまうので(風呂の湯を脚でかき混ぜていて膝が外れかけたこともある!)、日常生活においても注意深く行動しなければいけなかったのだ。合宿という形式で練習を行った初日の出来事で、いつもと異なる状況に、注意力が散漫になっていたのかもしれない。とにもかくにもお粗末なケガではあるが、悔やんだところで仕方がない。

 あまりの痛さに病院に直行し、レントゲンを撮ったところ、大腿骨骨折の疑いがあるという。そして、痛みを止めるためには固定しかない、ということで股関節から指先までギプスでがっちりと固められてしまった。こうなれば普通はスキーどころではない。しかし、固定によって痛みが少し引いて数時間後には、すぐにまた滑ることを考え始めている自分に気づいた。脚を痛めても滑る可能性を捨てないですむのが、チェアスキーヤーのいいところだ。もともと、仲間の多くは足の機能がほとんどない状態で滑っているわけだから、骨折だとしても、膝の角度をチェアスキーに合わせてギブスを巻いてもらえればそれで済むはず、と実に楽天的に考えていた。周囲の反応も「肩や腕じゃなくて良かったね!」というもので、逆に言えばチェアスキーヤーにとってもっとも怖いケガは首、そして肩だということだ。


 かかりつけの病院で過去のレントゲンと照合した結果、幸いなことに、骨折と思われたものは昔の交通事故の跡で、骨に異常はなく、膝靭帯の損傷だった。「安静にしていてほしいけど、ダメと言ったって滑るんでしょう」と医師はあきらめぎみに膝の固定装具を作ってくれ、数日後にはめでたくゲレンデ復帰となった。とはいえケガした当初は足を床につけることもできず、日常の生活動作に大きな不自由が発生する事態となったが、チェアスキーに何とか乗りこむことはできた。そうなれば滑ることはできるわけで、土の上より雪の上のほうが不自由さを感じる度合いは少ない。


 たしかに脚を使わなくてもチェアスキーはできる。そのとおりなのだが、レーサーとして、自分の限界を引き上げるための滑りをめざしてトレーニングできるか、となると事情は変わる。ひとくちにチェアスキーヤーといってもそれぞれが持つ障害の種類と程度はさまざまで、胸から下の筋肉をまったく使えない人もいれば脚の筋肉の一部を使える人もいる。使える筋肉をフル稼働させた滑りをめざしている私の場合、上半身はもとより、股関節や膝関節などをターン動作の中で利用していた。膝をターンの内側にひねりながら入れる先行動作を一瞬することで、腰をフォールライン方向へ落としやすくしていたのだ。靭帯を痛めてこうした動作を使えなくなり、あらためて脚を使っていた自身の滑り方を再認識させられることとなった。


 もちろん、こうした動作を使わなくてもチェアスキーで滑ることはできる。脚が使えなくても腰から上が使えるなら腰を、腰が使えないならば胸の向きや首……、と使える部位を上手に活用することを、障害を持つチェアスキーヤーはそれぞれに工夫して行なっている。立って滑っている人たちに比べて軸が短く使える関節の数も少ないなかで、いかにすばやくスキー板を下に向けてエッジで雪面をとらえるのか、減速する機会を減らして切りかえしで加速させていくのか、求められているスキー板の動きはスキーヤーとして皆一緒だ。けれどそれをどのような身体の動きで行なうかは、チェアスキーヤーの場合、トップ選手の中でもひとりひとり違うように思われる。たとえば長谷川順一選手や森井大輝選手は、ともにバイクの感覚を活かして滑っていると言うが、同じ脊髄損傷でも障害の重さが異なるためか、身体の使い方にはそれぞれの個性が現われている。また、両脚切断の選手も独特な動きを見せる場合が多い。上半身に麻痺がなく、残っている筋肉をすべて使えることから、とくにリカバリー時には瞬間的な鋭い動作で体勢を立て直すことができる。ただしその半面、使える筋力の選択肢が広いぶん、切りかえし時には上体をそらすような動きを思わず取ってしまい、タイムロスをしやすい傾向もあるようだ。自分の身体機能とスキー理論の両方をどれだけ深く理解してマッチングさせるかが上達への近道なのかもしれない。


 前述のように脚を使い、さらに股関節や腰なども連動させながら滑っている私の場合、こうした動作を使えなくなると、他の動作あるいはイメージを使った滑りを探す必要が出てきた。身体に制約のあるなかでどうすれば身体をフォールラインに落としていけるのか、他の選手の滑り方を観察したり、自身で試行錯誤しながら滑っていくうちに、少しずつ技術の幅も広がっていくように感じている。膝のケガも順調に回復傾向にあるので、以前のような身体の使い方ができるようになる日も近いだろう。


 ケガによって思いきり滑ることのできないアクシデントに見舞われたこの時期は、一見、遠まわりなようには思えるが、その道程で得ることのできた感覚や技術もまた貴重な財産になるはずだ。幸い、今シーズンのワールドカップ遠征への出発は昨年より3週間ほど遅く、まためでたくすべての種目に出場できることになったので、心を落ち着け、焦らずにトレーニングを続けていき、今シーズンの結果がトリノパラリンピックへとつながるようにしたい。