大日方邦子のコラム

欧州遠征で問われる高速トレーニングの成果 《月刊スキージャーナル 2005年4月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 1月下旬、私たち全日本アルペンチームは白馬八方尾根でスピード系種目を中心にした合宿を行なった。使用したのは、長野オリンピックのときに女子の高速系種目が行なわれたコースの一部。本誌でおなじみの『スーパーGスペシャル』の開催に向けたコース作りの期間を利用し、練習させてもらうことができたのだ。八方尾根のスキー場やスクール、そしてスキージャーナルなど多くの方々のご理解とご協力に、まずは御礼を申し上げたい。とくに私は、合宿に引き続き『スーパーGスペシャル』の前走まで滑れたこともあって、とても充実した高速系トレーニングができたと実感している。

 ダウンヒルとスーパーG、いわゆる高速系種目は、パラリンピックはもちろんワールドカップでも毎年数戦ずつ開催されている。ルールは国際スキー連盟(FIS)の女子規定が採用されており、滑走距離、斜度、旗門設定などはそれなりにスピードとテクニックを要求されるものになる。にもかかわらず、日本チームはこれまで、高速系種目の練習をほとんど行なえていかなったのだ。オリンピック選手でも高速系トレーニングは日本国内ではほとんど行なえないと聞いているので、無理もないことではあると思う。


 ただ、技術系種目に照準を絞っている健常者のナショナルチームと決定的に違うのは、われわれの場合は多くの選手が4種目すべてに出場するオールダウンダーであるということだ。つまり、高速系の練習が充分であろうとなかろうと、レースには出ることになる。国際大会に出場しても、高速系種目はつねにぶっつけ本番の「試合が練習」にならざるを得なかったのが、これまでの日本チームの実情だ。


 トレーニングとはいえ、本格的な高速系種目を行なうためには、整えなければいけない条件が数多くある。まずは、ある程度のコース幅と斜面変化を持ったロングコースが必要だ。そしてそのコースは、一般スキーヤーと接触することがないように貸切状態にさせてもらわなければいけない。さらに高速での転倒に備えてネットやマットを張るなどの安全確保も不可欠だ。こうした条件をクリアできる練習場所を確保することは、とてもむずかしい。私の知る限り、そのような本格的なコースを使っての練習は過去に一度も実現できていない。


 長野パラリンピックのときでさえ、本格的な高速系トレーニングはついに行なえなかった。コースがセパレートされていない状況で高速系のスキー板に乗るしかないので、その場合はなるべく視界が開けている場所を選び、周囲の安全に気を配りながら、いつでも止まれるよう心の準備をしながら恐る恐る滑ったものだった。思いきってスピードを出すことなど、とてもできなかったのだ。


 パラリンピックの場合、4種目すべて同一のコースを使って、スピードの要求される種目から順番に、スタート位置を下げながら開催される。その最初の種目となるダウンヒルの直前に行なわれる2〜3本のトレーニングランこそが、われわれにとって文字どおり「高速系種目のトレーニング」となっていた。きわめて短期間のうちに、未体験のスピードと大きなターン弧にいかにして身体と目を慣らしていくことができるか。それが勝負のカギを握っていたのだ。そうなると、高速系種目特有の技術やより速いラインどりなどにまで気をまわすことは実にむずかしい。自分の持っている技術の範囲でいかに安全にコースを滑り降りてくるか、という点に神経を注ぐのが精一杯だった。


 高速系種目でもっともむずかしいのが、斜面変化への飛び出しだ。スキー板が雪面から離れるジャンプが、チェアスキーではとくにむずかしい。2本の脚で立って滑る健常者とは異なり、膝や股関節などでのコントロール、いわゆる「つぶす」動きができないのだ。そのため、ひとたびスキー板が雪面から離れたら、余計なことをせずに成り行きに任せて飛び、着地を待つことになる。


 ジャンプ箇所がわずかでもしゃくれている場合、危険度はさらに増す。ショックアブソーバーへの圧がかかりバネが縮んだ状態から一気に解放されることになるため、立位選手でいえば自分から踏み切ったような形になり、飛距離が出てしまうのだ。飛距離が出れば出るほど空中での姿勢を崩しやすく、また着地時の衝撃も大きくなってくる。ショックアブソーバーが吸収しきれず、着地後にふたたび飛び跳ねてしまうこともめずらしくはない。


 チェアスキーでジャンプポイントを攻略するためには、何よりもまず飛び出す方向とタイミングをインスペクションで見極めることが大切だと考えている。チェアスキーはフレームだけで約15kgあり、下半身がそれに固定されている状態のため、空中で方向を変えるいわゆるエアターンを決めて無事に着地することはきわめてむずかしいのだ。そのため立位で滑る選手以上にシビアにラインを見きわめていかなければいけない。


 今回の合宿と前走で、そんな斜面変化を何度も練習できたことにより、地形を読み解く力は確実にアップしたように思う。ヨーロッパのコースは、地形を利用したうねりや片斜面が多い。そして今回練習できた八方尾根のコースもまた、すり鉢状になっていたり、斜面の流れが変わったり、ジャンプがあったりと変化に富んでいて、ヨーロッパのコースを思わせるところがあった。自分のインスペクション能力を試されているようでもあり、かなり悩まされたが、この経験はきっと今後に活きてくることだろう。


 その成果は、この原稿が皆様に読まれる頃には佳境に入っているはずのヨーロッパ遠征で、さっそく問われることになる。ワールドカップの成績もそうだが、今回のもうひとつの大きな目的は来年のトリノ・パラリンピックのアルペン会場となるセストリエールのコースを見てくることだ。コース攻略のカギのひとつは、地形を知ることにある。どんな旗門が立ち、そこをどのように滑っていくのか、想像力をフル回転させながら、来年につながる情報を頭に叩き込んでこようと思う。