大日方邦子のコラム

厳しい海外移動事情 《月刊スキージャーナル 2005年6月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 2月に行なわれた日本チームのワールドカップ遠征は、イタリア、オーストリア、スイスとヨーロッパ3カ国を移動するものだった。毎年、少なくとも一度は国際大会出場あるいはトレーニングを目的に海外に出ているが、今回のように3カ所のスキー場を転々とするのは初めてのことだった。そこで痛感したのが、移動にかかる肉体的、精神的な負担の大きさだ。

 日本国内では、私たち選手は荷物を満載したマイカーで、全国どこへでも自分自身で運転して行くことができる。「足に障害があるのに運転できるの?」との質問を受けることがいまだに多いのだが、車いすユーザーにとってもっとも便利でハンディを感じることのない移動手段がマイカーだ。アクセルとブレーキ操作を手でも行なえるようにする補助装置を付けた車さえあれば、チェアスキーにスキー板、ヘルメットやプロテクター、そして車いすと、どれだけ荷物が増えても、自分の障害を感じることなく雪山へと向かえる。


 ところが海外に出ると事情が一変する。日本チームのヨーロッパ内での移動手段はレンタカー1台と大型バスだ。スキー場を渡り歩く場合、選手は全員、バス移動になる。この移動が選手にもスタッフにも大きな負担となる。理由のひとつが莫大な量の荷物だ。移動のたびに、ひとりあたり85kgにもなる荷物を全部積み込み、ときには10時間以上の移動の後、疲れきった身体でふたたび荷物を引きずり降ろさなくてはならない。しかも、残念ながら車いすユーザーは荷物の積み降ろしにはまるで無力だ。ケースに入れた数台のスキー板やら15kg以上あるチェアスキーを自力で運びあげることはできないため、スタッフや立位選手たちの力を借りることになる。


 そしてもうひとつ、バス移動で大変なのが、車いすユーザー自身がどうやって乗り込むかという問題だ。最近は車いすのまま乗れるリフト付きバスが手配できるときもあるが、多くの場合、いまだに狭い階段を上がる一般のバスを使うことが多い。立つことがまったくできない選手がバスに乗るには、誰かに担ぎ上げてもらうか、あるいはお尻を床につけてはいずり上がるしかない。普段、自分たちの車に自力で荷物を積み込み、誰の手も借りずに車いすを収納して自分で運転していく生活に慣れているだけに、周囲の人の力をたくさん借りる移動は、大きな心の負担になる。もちろん力を貸す他の選手やスタッフの肉体的な負担はさらに大きい。こうした移動が度重なり、さらに連日の試合で疲れがたまってくるにつれ、選手間あるいはスタッフと選手との間でギスギスした雰囲気が生まれる原因になったりもする。今回はオーストリアでスキー場と宿舎の距離が遠く、バスを使う必要があったが、リフト付きではなかったため、一日2回、移動のたびに車いす選手はスタッフに担ぎ上げてもらうか、はいずり上がる必要があり、その負担はかなり大きかったようだ。


 それでは他国チームはどうしているかというと、地続きのヨーロッパ勢はもとより、アメリカやカナダも含めてチームカー数台に分乗して移動するスタイルが主流だ。手動装置付きで選手自身が運転できる車を持っているチームもあれば、オーストリアチームのように、車体後部を改造して棚を造り、スキー板をむき出しで積んでも傷つかないように工夫された専用車を使うところもある。乗用車ならば乗り込むのも容易だし、試合が終わった選手から数名ずつ宿舎に帰るなど、移動が身軽に行なえる利点もある。


 今回、バス移動したことで残念だったのは、オーストリアからスイスへの移動に余計な時間がかかってしまったことだ。オーストリアで6試合を消化した翌日にスイスへ移動したが、移動の翌日にはダウンヒルの公式トレーニングというハードスケジュール。移動日は貴重な休養日でもあり、なるべく短時間に負担少なく移動を終わらせたいところだった。そこでほとんどのチームが、ヨーロッパで普及している、車両を乗せられる電車で山越えする手段を選び、移動を2時間弱で済ませていた。しかし大型バスを使った日本チームは鉄道を使うことができず、結局、他チームの倍以上の時間をかける結果となったのだ。


 12日間にダウンヒルを含む10戦が行なわれた今回のようなハードスケジュールの場合、地理的に不利な条件を抱える上に経済的にも余裕のない日本チームは、厳しい戦いを強いられることになる。今後、障害者のワールドカップはますますプロ化し、ハイレベルな戦いになるだろう。ここ数年のように表彰台に絡む成績を残す選手を多数、日本チームから輩出し続けるためには、世界での戦い方を見直す必要があるように思う。今のように大規模なチーム体制で転戦を続けるのか、あるいはチームを分けるなどの方法で少数精鋭の機動力あるチーム作りをめざすのか、考える時期が来ているのかもしれない。


 とはいえ、来シーズンも大幅な競技環境の向上が望めない現在のチーム体制を考えると、厳しい条件下でもより良い成績を残すための努力が選手自身に必要だ。私自身に関していえば、チーム内に蔓延した風邪にかかって体力を落としてしまったうえ、レース終盤では疲労のためか、やや集中力が切れた感じがあった。10戦中5回、表彰台に上がれた結果だけを見れば悪いシーズンではなかったが、表彰台の中央に立つ回数を増やすには、体力面の強化が課題になるだろう。オフシーズンとなるこれから、基礎体力をアップさせ、持久力を中心としたトレーニングをしっかりと行なう必要がありそうだ。