大日方邦子のコラム

夢の新素材 《月刊スキージャーナル 2005年7月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 4月10日、私にとって2004/2005のスキーシーズンが少し早めに終了した。滑り納めは志賀高原で開かれた草レース。シーズン最後に、ワールドカップのようなプレッシャーのかかる試合とはまったく異なる、和やかな雰囲気の試合に出ることで楽しく締めくくる予定だった。しかし気を抜きすぎたのか、レース初日に発熱してしまい、2日目のレースはベッド上から観戦するハメとなり、滑り納めにしては締まらない終わり方になってしまった。

 さて、シーズンが終わって真っ先に取りかかったのが新しい義足の製作だ。私は車いすと同時に、日常生活では義足を使って歩いている。義足とのつきあいは、交通事故で足を失って以来なので、すでに25年以上のベテランだ。だが、使用歴がいかに長くなろうとも、身体と義足のフィッティングのむずかしさはずっと変わらない。わずかに残っている足(断端という)の型を石膏で取り、体型にぴったりあったソケットを作るのだが、このフィッティングが至難の業なのだ。素足に履く靴をアソビのないように調整した状態で履く、といえばイメージしていただけるだろうか。身体に合わなければ靴擦れのような傷ができるだけでなく、履き方が悪くてもミミズ腫れのような傷になってしまう。長時間、義足をつけていると、身体への負担も大きく疲労がたまる。義足とのフィッティングは長年、最大の関心事項であり、悩みごとだった。しかし今年、それらの問題を一挙に解決できるかもしれない画期的な素材に、スキーを通じて出会うことができたのだ。


 ここ数年、私はチェアスキーに乗るときだけ専用の義足を使っている。長年、私の義足を作ってくれている義肢製作所の鉄道弘済会に依頼して、思いついた突飛なアイディアを形にしてもらっているのだ。チェアスキーは足を使わなくても滑れるから、足があろうとなかろうと影響はない、と思われる方もいるだろう。私自身もスキーを始めたばかりのときは、歩くことを目的に作られている日常用の義足を履いたままチェアスキーに乗っていた。しかし、本格的に競技として滑るようになると、回旋や前屈など身体の動きを阻害してしまうため、長野パラリンピックの頃には義足を外してスキーをしていた。しかし、さらにトレーニングを続けるうちに、左右のバランスと残された身体機能を最大限に引き出すためには、両方の足がそろっているほうが良いのではないか、と考えるようになった。身体にぴったりフィットしているシートの中で膝を左右にわずかに動かすことでスキー板に力を伝え、ターンの切り返しをすばやく行なうことができる。その動きを行なうときに、片脚だけでなく両方の膝がそろっているほうがよいのではないか、と考えて試行錯誤しながら開発したのが、スキー専用の義足なのだ。私の場合、切断している太股は股関節から10㎝ほどしか残っていないのだが、ソケットを装着することで右足を膝頭まで延長することで力を伝えやすくしたいと考えた。


 通常の義足では軟質のプラスチック素材のソケットを肌(断端)に直接、何も履かせずに吸着させて付ける。この方法ならば身体の動きを伝えることはできるが、身体をひねったり、左右に傾けたりする動作を行なうスキーでは、吸着させている肌に負担がかかり、足に傷ができてしまう。足にぴったりフィットして、激しく動いても傷を作らないソケットというのはなかなか実現が難しいのだ。


 さまざまなアイディアや要望事項を義肢装具士に話した結果、先シーズンから、ソケットに新しい素材を試してみることになった。足(断端)に筒状のシリコンライナーをかぶせてからプラスチック製のソケットを付ける。膝下の義足では以前から多く使われていたものだが、より大きな負担がかかる膝上義足ではそれほど普及していなかった。しかしここ数年、陸上など断端に激しい負担のかかるスポーツを行なう人にも広まり始めた新素材だ。私も試したところ、シリコンが衝撃を吸収してくれるうえに皮膚へのあたりが柔らかいため、違和感が極めて少なくて快適だった。今まで、どれほど時間をかけてフィッティングさせた義足でも、「身体に何かをむりやり縛りつけている」という緊張感というか独特の圧迫感から逃れることはできなかったのに、この新素材は付けていることを忘れるほど、自分の身体の一部になる感覚なのだ。しかも身体にフィットしているため、脚の力をスキーに無駄なく伝えることができる。私にとっては非の打ちどころのない画期的な素材との出会いだった。そしてこの素材を、新しい日常用義足でも使ってみることにしたのだ。


 義足に関わる部品、素材の研究開発はめざましい進歩を遂げている。履き心地、膝などの機能、見た目の美しさ。いずれをとっても、私が25年前に使っていた義足とは比べものにならない。技術がさらに進歩すれば、体型の変化に影響を受けない義足とか、人間の膝とまったく同じ動きをする人工関節とか、夢のような「足」ができるかもしれない。医学が進歩すれば、失った足を人工的に培養して再生する治療方法が開発されるかもしれないし、分断された神経をふたたびつなげられるようになれば、脊髄損傷も骨折のように一時的なケガにすぎなくなるかもしれない(落馬事故で頸髄を損傷し、先日亡くなった俳優のクリストファー・リーブが挑戦していた)。


 医学・科学が究極に進化すれば、数十年後には、片脚で滑るスキーヤーもチェアスキーヤーもいなくなり、最終的にはパラリンピックの存在意義がなくなる……、夢のようではあるがまったくあり得ない話ではないところが、科学のおもしろさなのではないだろうか。