大日方邦子のコラム

バリアフリー化の本当の意味(前編) 《月刊スキージャーナル 2005年8月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 先日、「ノンステップ」式の路線バスに初めて乗った。そしてそれは、バリアフリーについて多くのことを考えるきっかけとなった。

 従来型のバスに車いすユーザーが乗るには、路面から2〜3段の階段を上るために車いすを持ち上げる手伝いをしてくれる人が必要だ。運転手さんや乗り合わせた乗客をいつもあてにするわけにはいかないので、現実的には車いすユーザー自身が介助者を同行する必要がある。しかも乗ったり降りたりするたびに、通常の何倍もの時間がかかるわけで、時刻表どおりに走ることをめざす路線バス会社とその乗客への迷惑を考えると、積極的に使う気にはなれない。


 そんなわけで私にとってもっとも縁遠かった乗り物、路線バスだが、ノンステップバスなら事情は異なるはずだ。バスの車体には車いすマークがはっきりついているし、「段差がないバス」とわざわざ命名されているわけだから、車いすで乗れないはずはない。……のではあるが、これまでノンステップバスに車いすユーザーが乗降している姿を見かけたことがなかった。はたして本当に、車いすに乗ったままバスに乗れるのか、ずっと気になっていたのだ。穏やかな5月の昼下がり、バス停で待つ私の前にやって来たのは、まさしくそのノンステップバスだった。


 体験してみての私自身の結論は、残念ながら、現状でのノンステップバスは車いすユーザーにとっては「その気になれば使えるけれど、なるべく乗らないほうがよい公共交通機関」だった。たしかにバスにはスロープがついていたし、車内には車いす用のスペースが備わっていた。これならば、介助してもらうにも、車いすを少し押してくれる「お手伝い」程度の手軽さですむ。けれど問題だったのは、車いすユーザーを受け入れる特別な準備をするための手間と時間がかなり多くかかることだった。


 バスに車いすユーザーを乗せるための手順は以下のようなものだ。車いすユーザーがバス停にいる場合、運転手は通常のお客さんの乗降を確認してから、大急ぎで運転台から立ち上がり、まず作業用の手袋をする。次に車内の真ん中あたりまでやってきて、前後2列分の座席をガチャガチャと折り畳み、バス車内に車いすのままいられるスペースを作る。もちろん、この座席に乗客が座っている場合は移動してもらう必要がある。そして車外に降りてきて、後部ドアの床からスロープを引きずり出すと、ようやくバスは「ノンステップ」状態となる。スロープをつたって車いすユーザーが乗り込むと、ふたたびスロープを手動で車体にしまい込み、運転席に戻ってようやく出発完了だ。


 このように多くの手間がかかるため、スロープを必要とする乗客がいる場合には、停車時間がイレギュラーに長くなる。私が体験したときには、出発するまでに5分くらいはかかっていたと思う。こんなに多くの手間と時間を要するとは想像もしていなかったので、ただ呆然と、運転手さんが黙々と準備をしてくれるのを見守るしかなかった。乗り合わせた乗客たちも、いったい何ごとが始まったのかと、ことの成り行きを見つめている。バスが出発してからも、通常の運行ではない「珍事」に出くわして戸惑っている周囲の人たちの空気と視線が痛い。好奇心旺盛な私も、さすがに車窓からの眺めを楽しむ余裕も車内を見まわす度胸もなく、ひたすら居心地の悪さを感じた。さらに乗客が増えるにしたがって、狭い車内で人よりも広いスペースを使っていることに肩身が狭くなる。自分が降りるにはドア付近の乗客にはいったん降りてもらうか、よけてもらう必要があるなあ、それにまた運転手さんにあの作業を強いるのだなあ、などと考えると余計に心配になる。


 先を急いでいる乗客にとっては、ただでさえ渋滞によって遅れているのに、予定外に長く停車されれば、余計にイライラするのも当然だ。時刻表どおりに運行できない原因を作って申し訳ない……、つらつらと考えていくと、こんなに多くの人に迷惑をかけるなら乗るんじゃなかったと、ただただ後悔の気持ちが湧き立ってくる。他の多くの「一般の」乗降と比べるとあまりにも特別な手間がかかるために、公共交通機関の運行ダイヤを乱してしまう、という負い目を感じるのだ。


 乗客、運転手、そして車いすユーザーそれぞれが、貴重な時間や余計な手間、居心地の悪さなどを我慢してかろうじてバスに乗れる状態を作りあげる、それが今のノンステップバスの現実だ。


 車いすユーザーとしては、他人様に迷惑をかけている、という精神的な負担を感じない状況になってはじめて、堂々と路線バスを利用できるようになる。そして乗客や運転手にしても、思いがけないところで時間をとられることがないほうが快適なことは言うまでもない。


 誰もが快適に乗れるノンステップバスにしていくことは、実はそれほどむずかしいことではないと思う。


 私が最初にノンステップバスを見たのは、リレハンメル・パラリンピックのときだから、もう10年以上前のことになる。ノルウェーのバスは、運転手が席を立つ必要はなく、ボタン操作ひとつでスロープを出し入れすることができるし、車内にはあらかじめ座席のない広めのスペースが設けてあった。きわめて簡単な操作でノンステップ化できれば、停留所のたびにスロープを出し入れすることができる。車いすユーザーだけでなく、乳母車を押している人や段差が苦手なお年寄りなども気軽に使うことができ、もちろん健脚の人が緩いスロープを降りるのに不便はない。オーストリアやアメリカでも同様の自動式ノンステップバスを数多く見かけるので、少なくとも技術的にはむずかしいことではないはずだ。


 それなのに日本ではなぜ自動タイプが導入されなかったのだろうか。その理由を考えていくと、バリアフリー化の本当の意味が見えてくると思う。この続きは次号で。