大日方邦子のコラム

格好よくオシャレを楽しもう 《月刊スキージャーナル 2006年10月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 暑い季節に唐突かもしれないが、スキーシーズン中の雪山で過ごすときやゲレンデとの往復の間、皆さんはどんな服装をしているだろうか。私の場合、ゲレンデへ向かう道中からレーシングスーツ(いわゆるワンピ)の上にウィンドブレーカーを着ていることが多い。チェアスキーのシートは、ワンピを着た状態で型どりをしていて、身体にぴったりとフィットするように作られているので、たとえ基礎トレーニングしかしなくても、スキーウェアのパンツを履いて滑る、というわけにはいかないのだ。

 雪上のトレーニングから帰宅すると、ワンピを脱いでトレーニングウェア上下に着替える。ワックスを塗ったり、コンディショニングトレーニングをするには、ジャージが一番だ。寒ければフリースを羽織ればよいし、外出するときにはやっぱりウィンドブレーカーが便利だ。日常のトレーニングなどで自宅にいるときにはもちろん、国内合宿でも海外遠征でも、アフタースキーの服装は、ジャージオンリーといっても過言ではない。だから冬の間、私にとってはジーンズすら、東京に帰るときや海外への移動中に着る「よそ行き」のおしゃれ着になってしまう。


 さて、シーズン中ずっとこんな服装で生活をしていると、オフシーズンになってから困ることになる。服装への関心が薄くなってしまっていて、すっかり世の中の流行についていけなくなっている自分がいるのだ。幸いなことに、職場は番組制作現場なので、動きやすく、汚れを気にしなくてもよい服装のほうが歓迎される。そこでオフシーズンになると、ジャージに替わってジーンズとTシャツや衿付きのシャツが普段着として活躍することになる。


 ところが、パラリンピックが終わってからというもの、公式の行事や講演会などが増え、普段着のジーンズで通す、というわけにはいかなくなってしまった。こうなると、気楽な服装が許されている職場だったことが逆に災いして、適当な服装を探すのに苦労することになる。同じ人に続けて会うこともあるのに、さすがに同じスーツを毎日着ていくわけにもいかない。洋服を買いに出かけるのがとても苦手な私だが、一念発起して買うことにした。


 けれども、私に合う服選びがまたむずかしいのだ。似合うかどうかは二の次で、まずは着られるかどうか、という尺度で探す必要がある。スキーで鍛えたたくましい上肢には、都会派女性向けの細身の上着はまことに窮屈なものが多い。たくましい上肢に合わせようとすると、パンツやスカートの丈が合わなくなってしまう。おまけに義足というのは、硬い素材でできているため、あまりぴったりしたサイズのものを着ることができない、という難点まである。事故の後遺症で筋肉がついていない私の左足は、不自然に細く、傷跡も大きい。一方、右足の義足はパイプの上にスポンジをかぶせて作ってあるので、あまり細くはできない。あらためて考えてみると、幼い頃から洋服選びではずいぶんと苦労したものだ。


 そんな服装の悩みを解決してくれるかもしれない、ひとつの出会いが先日あった。長屋宏和さんという車いすユーザーで、自動車レース中の事故により、頸髄を損傷している。事故から復帰した彼が新たに取り組み始めているのが、座った姿勢での履きやすさとスタイルを追求したジーンズなど、チェアウォーカーのための洋服作りだ。市販の洋服の多くは、座っているときよりは立っているときに、ぴったりフィットするようにデザインされている。機能面だけでなく、美しさ・デザインの善し悪しも立ち姿を基準に考えられていることが多い。ジーパンも同様で、立っているときにはぴったりしていて格好いいのだけれど、座ると窮屈なのを我慢して履いている、という人も実は多いのではないだろうか。下半身に麻痺があるチェアウォーカーの場合、窮屈なズボンを脱ぎ着することはそもそもむずかしいし、ごく普通の縫い目が褥創(床ずれ)の原因になってしまったりする。長屋さんは、車いすを使うようになってから、自分の体験を生かして、チェアウォーカーにも履き心地の良いジーンズを考案したのだ。実際に製品を見せてもらったところ、ジーンズの後ろ身頃を裁断せずに一枚布で仕上げつつ、デザイン性の高いステッチを入れることで、機能とスタイルを両立させるなど、細かい工夫が随所に施されている。不思議なことにこのジーンズは、チェアウォーカーだけではなく、一般のユーザーからも「履きやすいのに、スタイルも良い」と好評なのだそうだ。考えてみれば、ジーンズを履いているときに、立っているよりも座っている時間のほうが長いという人は多いはず。座った姿勢でリラックスできる上にスタイルも追求できるのなら、それこそ長時間の飛行機移動のときなどには、このジーンズが活躍してくれるのではないだろうか。


 レーシングドライバーだった長屋さんが、服のデザインを始めたのは、彼のお母さんの職業がおおいに影響しているそうだ。お母さんは、モードフィッターという洋服を着る人の体型に合うように作ることを仕事にしていて、業界のトップを歩んでいる人だ。幼い頃から、洋服は自分に着やすいように工夫してもらうことが当たり前だった長屋さんにとっては、チェアウォーカーになっても、着やすく格好いい服を求めることは当然だったようだ。履きたいジーンズを改良したり、袖や裾が汚れにくいスーツの考案は、チェアウォーカーとしての体験と、モードフィッターの豊かな知識と経験を持つお母さんとの合作なのだそうだ。


 長屋さんと話していて、印象に残ったのが「せっかくチェアウォーカーは街を歩いているだけで充分に目立つことができるんだから、格好よく歩きたいよね」のひと言だった。私もジーンズとジャージばかりにしがみついていないで、少しはオシャレを楽しまなきゃ、と思わされたひと言だった。