大日方邦子のコラム

大切なのは「ソフト」の充実 《月刊スキージャーナル 2006年12月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 先日、沖縄にちょっと変わった旅行をしてきた。一応、遅い夏休み旅行ではあったのだが、まったくの観光旅行というわけではない。那覇市街にはまったく足を踏み入れず、ほかの観光名所にも立ち寄りはなし。基本的に、ホテルで過ごす2泊3日の旅。実をいうと、知人に頼まれて、あるリゾートホテルに滞在するモニター旅行に、夫と一緒に参加したのだ。
 開業してわずか1年というホテルだが、先ごろ経営が外資に変わった。それを機に、いわゆるユニバーサルデザイン(※「誰にでも使いやすく」という考え方)に基づいたサービスに力を入れたいと考えているのだという。その取り組みを軌道に乗せるためのアイディアのひとつとして、実際にホテルを利用して率直な意見を伝えるためのモニター旅行が企画されたというわけだ。

 モニター参加者は4組9人。70歳代の女性ふたり組、視覚と身体機能の両方に重複した障害のある男性とその友人、聴覚障害の女性ふたり組と7歳になる彼女の息子、そして私たち夫婦だ。多様なニーズにホテルがどれだけ応えられるのか、滞在中にホテルの従業員とやりとりをし、施設を利用して、実体験の中から問題点を指摘して改善策を提案するのがその役割となる。


 このように書くと何やら堅苦しそうに思われるかもしれないが、私たちは沖縄旅行を満喫する気が満々でもあった。雪山にばかりいる反動からか、もともと南の島のリゾートは大好き。とくに魚がたわむれる海でシュノーケリングをしたり、屋外のプールサイドで終日のんびりとくつろぐのは最高だ。日本中の山から雪が消える頃、数日でも海辺でのんびりできたら最高だなあ〜、といつも話をするものの、ここ数年、それは夢物語で終わっていた。だから今回の旅行は、とても楽しみにしていた。


 さて、肝心のホテルだが、新しいだけあって施設面はなかなかよく考えられていて、「段差がない」という意味でのバリアフリー度は高いものがあった。とくに私たちが泊まったのはユニバーサルルームと呼ばれるもので、ドアが引き戸になっていたり、バスルームが広くとられているなど、車いすユーザーの利用にも対応できる作りになっている。ところが実際に使ってみると、しばしば頭上に「?」マークがともることになった。


 たとえばトイレの洗浄ボタンが、妙に奥まった押しにくい場所にある。「どうしてわざわざ、こんなに押しにくい位置に付けたのだろう」と疑問に思いながら使っていると、やがて意外な事実が判明。実はこのトイレ、自動洗浄だったのだ。立ち上がって便器から離れると、勝手に水が流れる。ところが私たちふたりとも、センサーが反応する前に、押しにくいボタンを自力で押していたわけだ。あらためて見まわしたが、「水は自動で流れます」といった表示はどこにもなかった。


 この一件に象徴されるように、私たちの泊まったホテルには「案内表示」が少なすぎることが、だんだんとわかってきた。たとえば、館内レストランの紹介や、屋外プールの使い方など、知りたいことがなかなか見つからない。リゾートホテルだけに、無粋な表示はできる限り省いたのかもしれないが、必要なことがわからずに、いちいち探すはめになるのは困りものだった。


 もうひとつの問題は、サービスにあった。従業員の対応が今ひとつ洗練されていないというか、客にとって親切ではないように感じられたのだ。これは私たち以上に、聴覚に障害のある人たちにとって深刻だったようだ。聴覚障害者がぶつかる壁は、コミュニケーションの手段。手話という特別なスキルを持つ人がいないことが問題なのではない。客にとって重要な情報は何かというポイントを従業員が整理できていないため、要点をまとめられずに、筆談でのコミュニケーションに莫大な時間と労力を費やすことになってしまったのだ。従業員の方々も、慣れない対応で大変だったかもしれないが、それ以上に宿泊客に負担をかけたことはまちがいない。


 バリアフリーやユニバーサルデザインは、ハード面だけでなくソフト面の充実もあって、初めて実現する。かねてより思い抱き、機会のあるたびに主張もしてきた自分自身の考えを、今回の旅行では再認識できた。また、普段は接点の少ない聴覚障害者の感じる不便さを垣間見ることができたのも、いい勉強になったと思っている。


 ちなみに、プライベートビーチにも足を伸ばしたが、こちらはホテル以上に、障害者や高齢者が来ることを想定した設備にはなっておらず、従業員も対応するノウハウを持っていなかったように思う。海という自然が相手なので、そのままでは使いにくいのは当然であり、仕方のない部分もあるだろう。だが、ユニバーサルデザインを推進しようとするのなら、こういう場所にもさまざまな人が訪れるということを前提にしてほしいというのが、私の願いだ。たとえば、ビーチ用の車いす(※タイヤが太くて砂にもぐらない)が一台あるだけで、行けなかったところにまで行ける人が出てくるのだから。


 海を雪山に置き換えてみれば、今回の旅行で感じたことはスノーリゾートにもそのまま当てはまることが多いような気がする。若者だけを想定していればよかった時代は、とうの昔に過ぎた。これからますます、高齢者や小さな子どもを連れたファミリー、そして障害者たちは、行きたいところにどんどん出かけていくだろう。そんなターゲットをみすみす逃すのは、とてももったいないことだと思うのだ。