大日方邦子のコラム

寒サニモ負ケズ、冷エニモ負ケズ 《月刊スキージャーナル 2006年3月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 今シーズンの寒波はとても強いらしい。近年にしてはめずらしく、12月上旬から、「雪」という言葉をニュースで多く見かけた。シーズン始めは「今年は雪不足の心配がない」と喜んでいたのだが、年が明けてからも、大雪による被害やスキー場での雪崩発生などのニュースが絶えず、積雪の情報を楽しんでばかりはいられなくなってきた。例年なら東京で寒さを感じることはほとんどないのだが、風が冷たく、陽が落ちてからは急に冷え込むため、夜間の外出にはニット帽や手袋があるとうれしい日が続いている。

 寒波が強いと、ゲレンデでも「寒さ」対策が重要になってくる。私の場合、もっとも冷えやすいのが足先で、その防寒対策にはそうとう力を入れている。チェアスキーは文字どおり座った状態で滑るので、基本的には足を使う必要がなくて冷えやすいうえに、私の足はきわめて血行が悪いのだ。けれども足を使わないぶん、サイズぴっちりのスキーブーツを履く必要がなく、どれだけ厚いインナーを使おうと、「足裏感覚」が鈍る危険性はない。というわけで、思う存分、足元の寒さ対策を尽くすことができるのだ。


 今、私が使っているスキー用ブーツは、登山用の分厚いインナーがセットされている極寒地対応のスノーシューズで、サイズは靴下を重ね履きしてもなお、足を締め付けない緩さがある、そうとう大きなものだ。発熱作用のある靴下の上に登山用のウールの靴下を重ね履きしてからこのブーツを履けば、チェアスキーに乗り込むまでは充分な暖かさを維持できる。けれども滑り始めれば、寒さが足元から伝わってくる。考えてみれば当たり前だ。チェアスキーはその構造上、足を投げ出して滑っているわけで、足裏から風を切って滑走しているし、スネには容赦なく、横から下から風が吹き込むわけで、いくら防寒対策の効いたスノーブーツでも足の冷えを止めることはできない。


 長年、足の冷えは悩みだったのだが、数年前、電池式のヒーターがついた中敷きをヨーロッパで買って以来、状況はかなり改善された。自分自身での発熱が期待できないぶん、やはり外からエネルギーをもらって暖めてもらうのが一番確実なようだ。このヒーター付きの中敷きは、日本ではほとんどお目にかかることがないが、マイナス30度になることもめずらしくないヨーロッパアルプスでは、ショップで見かけることも多い一般的な商品のようだ。


 この特製ブーツでもさらに寒いとき、とくに降雪があって太陽が顔を出さないような条件で威力を発揮するのが、衣類に貼るカイロだ。太股や肩胛骨の脇など、太い血管が流れている部位に貼っておくと、血流全体が温められて、身体全体が末端まで暖まる。多くのチームメイトがカイロを愛用しており、中には一度に9枚も使う猛者もいる。


 カイロ作戦の弱点は、暖かすぎた場合、体温が上がりすぎる危険性があることだ。予想よりも気温が高くて体温が高い場合、ゲレンデで大汗をかくことになるが、カイロをインナーに貼り付けているため、簡単には剥がせない。というわけで、ときおり、スタート付近で選手の背中に手を入れて、強引にカイロを引き剥がすスタッフの姿を散見することになる。


 これほどまでに「保温」に力を入れるには理由がある。チェアスキーの場合、着脱に通常の何倍もの時間がかかるうえ、車いすがある場所でないと降りることができないため、「寒いから」と気軽にレストハウスに入るわけにはいかない。とくに時間を気にして行動しなければいけない試合会場では、気安くチェアスキーから降りるわけにはいかないのだ。おまけに選手のチェアシートはそれぞれの身体にぴったりフィットさせてあり、履くポジションがちょっとでも狂うと、滑りにも影響することがあるので慎重に乗り込む必要がある。チェアスキーヤーにとってのシートは、ちょうど通常のスキーブーツに相当する、と考えていただければ想像しやすいのではないだろうか。


 さらにチェアスキーヤーの場合、スタート地点のアップの方法がむずかしい。もちろんチェアフレームは履いた状態で待っていなければいけないのだが、スタートエリアに斜度があったり狭かったりとバランスが悪い状況のときも多い。身体を暖めるために軽く腕をまわすといった動作をすることさえむずかしいこともあるのだ。というわけでチェアスキーを履いたまま「滑らないで身体を暖める」アップをするのはなかなかむずかしく、スタートの順番を待つ間、いかにして身体を凍えさせないか、が勝敗を分けることさえあるのだ。


 それにしても今シーズンの日本は寒い。昨年末、ヨーロッパから帰国して、久々に冬の拠点にしている真田町の家に行ってみたところ、室内の水道管が凍結して、家中が水浸しになってしまっていた。いや、正確には流れ出した水が凍りついて、廊下がスケートリンク状態になっていたのだ。室外にある水道管にはもちろん不凍線をまいてあったのだが、築○十年のわが家では、室内温度も外気の低下と同調してマイナスを維持していたらしい。人の気配がない民家はどこもそんなものかもしれないが、むりやり剥がした氷の山が風呂場にできあがり、これまた長いこと融けずに姿を保つ様はなかなか壮観で、今年の寒さが侮れないことを実感させられる景色だった。


 日本に大雪をもたらした原因とされている北極付近の強い寒気と偏西風の蛇行はヨーロッパ、北米でも猛威を奮っているらしい。たしかに昨年12月、日本各地から雪の便りを聞き始めたちょうどその頃、オーストリアにいた私も、大雪に見舞われ、レースは中止、高速道路も閉鎖されるなど混乱した。


 パラリンピックが行なわれるのは3月。その頃、イタリア・セストリエールに早い春が来ているのか、それとも厳しい冬の気温が続くのか、気まぐれな自然界のエネルギーがどうなるのか気になるところだが、人間にわかるはずもない。韓国・日本でのワールドカップを控え、当面、私自身は寒いところで滑る機会が多そうなので、防寒対策だけはぬかりなく、風邪などで体調を崩さないように気をつけたいと思っている。