大日方邦子のコラム

イタリアンタイム 《月刊スキージャーナル 2006年6月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 トリノパラリンピックを終えて、帰国してから早くも2週間が経ったが、とにかく慌ただしく、落ち着かない日々を送っている。3月23日夕刻、日本選手団一行は、成田空港に巨大な荷物の山をと共に降り立ったわけだが、私たちメダリストはまず記者会見、その後、都心のホテルに移動して仮眠、翌早朝にTBSの番組に生出演、という強行スケジュールだった。さらに私はNHKの番組出演を掛け持ちし、自宅に帰ったのは帰国後半日以上経ってからだった。パラリンピックが終わってからも、取材を受ける機会は多く、関心の高さに手応えを感じつつも、帰国後の生活ペースをうまく作ることができない自分に焦りを感じているのも事実だ。レースと無関係な、気楽なスキーを楽しみたい、という希望は残念ながら今シーズンは叶いそうにない。

 「疲れる」と感じることが多い今日この頃だが、それは単にスケジュールが忙しいからではないようだ。一カ月間イタリアで生活している間に、私の体内時計と物事の見方はすっかりイタリアスタイルに慣れてしまったようで、日本のせわしなさに追いつけなくなっているのだ。帰国してまず驚いたのが、街行く人々の歩くスピードが速い、無駄話をする人が少ない、笑顔で歩く人を見かけないこと。イタリアでは、人々は何をしていても楽しそうで、ゆったりしていた。


 もちろん、オリンピック、そしてパラリンピックという国際的なイベントともなると、それなりに厳重なムードも感じられないわけではない。たとえば大会会場や選手村への出入り。ここでは、厳重な警備体制が敷かれるのがお約束だ。どこに行くにもIDカードをチェックされるのが当然で、ソルトレイクでも長野でも、IDは首から下げていつでも提示できるようにしておくのがマナーだった。そしてトリノでも、警備担当者がいっぱい配置されているのを見て、さすがにこういうところまではイタリア流も及ばないのかもしれないと、気持ちを引き締めて会場入りした。


 しかし、結論から言うと、やっぱりここもイタリアだった。たしかに警備担当者は多かったが、そのチェック体制は実におおらか。選手村に入るには空港と同じように、荷物のX線検査と金属探知器を通るのだが、車いすユーザーの場合、警報装置がどうしても鳴るので、手動の探知機でボディチェックを受けることになる。けれども、警備員がボディチェックしたのは最初の数日だけで、日を追うごとに警備体制は緩くなり、しまいにはノーチェックで通れるようになった。どうやら選手が危険物を持ち込む危険性と、車いすユーザーがいちいち背負った荷物を降ろす手間やらボディチェックでかかるストレスを量りにかけてみると、それほど厳格にチェックする危険性は高くない、と現場で判断したようだ。きまじめな日本人ならば「万が一」に備えてルールは厳密に、職務を忠実に遂行するだろう。けれども「たぶん大丈夫さ」とルールを緩やかに解釈してもとがめられない、それがイタリアという国らしい。まあ、テロリストはいないにしても、コソ泥のひとりやふたりが選手村に入るのはたいしてむずかしくなかっただろうが……。


 かくいう私も緩やかな警備体制の恩恵を受けたひとりだ。試合からの帰り、ゲートでIDカードを見せようとしたのだが、荷物の中にしまいこんでしまっていた。ためしにメダルを見せて、「チャオ!」と微笑んで見せたところ効果抜群、「おめでとう!」と口々にたたえられて無事、通ることができた。その代わり「一緒に写真を撮ろう!」「メダルを見せて」と大勢の人に取り囲まれて、陽気なイタリア人からの祝福を延々受けることになり、シャイな日本人としてはちょっと気恥ずかしかった。で、ちらっとゲートを見ると、監視員が一人もいなくなっているではないか!普段は、軍隊やら警備員やらボランティアやら、大勢の人が暇そうにしている場所なのに、全員が持ち場を離れて、メダルを見に来てしまったのだ。


 イタリアの名誉のために言っておくと、選手村の警備体制はおおらかというか、いい加減なものだったが、大会運営そのものはしっかりしていた。競技に関係する時間は非常に正確で、すべてオンタイムだったし、レース後の表彰式や記者会見はあまりに手早すぎて、コース上にいたメディアの人たちが間に合わないほどだった。正直、イタリアの大会運営には期待していなかったので、レースがこれほどスムースに行なわれたことには驚かされた。


 期待しなかったのには根拠がある。イタリア人の時間感覚と、「何とかなるさ」というポジティブすぎる思考回路ゆえに、試合が混乱した例を、その直前のワールドカップファイナルで、嫌というほど味わわされたのだ。大会スケジュールは実際のところ、ないに等しいものだった。スタート時間の直前の変更は当たり前で、理由はコース整備が終わっていないことや、セーフティネットがまだ届かないことだった。表彰式の開始時刻は、スケジュール上は「試合終了後ただちに」行なわれはずだが、イタリアでの「ただちに」とは2時間くらい、を指すことをここで学んだ。そこで、日本チームではやった言葉が「イタリアンタイム」だ。日本人とは時間感覚が異なりすぎて、怒ってもどうしようもない、そんなあきらめの気持ちを込めて「イタリアンタイムだからね、そのうち何とかなるでしょう」と慰めあいながら、ひたすら待つのだ。


 日本の感覚を持ったまま、イタリアで生活するのはとてもストレスがたまる。けれども、一度、日本的な厳格な考え方をあきらめてしまえば、これほど気楽に楽しく生活できる国はないかもしれない。まさに「郷に入っては郷に従え」ということだろう。あれほどおおらか、というかテキトーに仕事をしていてもイタリアでは世の中がまわっている。結果が同じならば堅苦しく考える日本よりも、楽しく生きているイタリアのほうがいいんじゃないか……、と思ってしまう私は少々、イタリアンタイムになじみすぎたかもしれない。


 そういえば、「郷に入っては郷に従え」は英語だと「ローマではローマ人のするようにせよ」(When in Rome do as the Roman do.)と表現される。イタリアという国には、よそ者を自国流になじませる力があるのだろうか。