大日方邦子のコラム

たまには野球観戦でもいかが? 《月刊スキージャーナル 2006年7月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 4月26日、千葉マリンスタジアムで今シーズン初の野球観戦をした。私たち障害者アルペンスキー・ナショナルチームのスポンサーになってくれているロッテから、マリーンズの試合に招待していただいたのだ。プロ野球の試合は何度か球場まで見に行っているが、今回はただの観戦ではない。チームスポンサーとして私たちの活動を支えてくれたその御礼の意味を込めて応援に出かけるのだから、この日の対オリックス戦で、千葉ロッテマリーンズにはなんとしても勝ってもらいたい、と思っていた。

 とはいえ、私は熱烈なプロ野球ファンというわけではない。日頃から特定の野球チームを応援しているわけでもなく、野球選手に関する知識といえば、スポーツニュースで見る範囲のもの。そこで、応援に行くことが決まってから、私は急遽、球団ホームページを開いて、にわか勉強に努めた。選手の名前も知らなくて応援するなんて失礼だと思ったからだ。白状すると、千葉ロッテマリーンズと聞いてパッと思い浮かんだのは、選手ではなく、監督のボビー・バレンタインさんの顔だった。昨シーズン、日本一に輝いた千葉ロッテマリーンズの顔、と言えばこの人だろう。気さくな人柄がTV画面の向こうからにじみ出ていて、一度は会ってみたいな、とちょっぴりあこがれの人だった。


 球場入り口にはその人気者、バレンタイン監督の人形が置いてあって、お客さんが一緒に撮影できるようになっていた。けれども私たちは、その人形の目の前で、本物の監督と対面することができたのだ。バレンタイン監督はテレビでの印象どおり、とてもフランクな人だったが、思っていたよりも身長が高くなかったことに驚いた。バレンタイン監督自身の手形に合わせて作られているという人形の手の平がとても大きかったので、身長も相当に高い人なんだろう、とイメージしていたのだ。それに、日本語が上手なことにも驚かされた。テレビで観る限り、インタビューの基本は英語のようだったので、コミュニケーションは英語オンリーかな、と想像していたのだが、日本語も相当に堪能そうだ。私たちが持ってきたメダルを見ながら「すばらしいですね〜」と喜んでくれて、気さくに記念撮影にもつきあっていただき、試合前からおおいに盛り上がった。


 そして試合が始まる前に、私たちパラリンピック・メダリストは、グラウンドに出て球場のお客さんに紹介してもらった。生まれて初めて立ったグラウンドから見る景色は、本当にすばらしく、その広さと明るさに圧倒された。人工芝の緑とマウンドの赤茶色とのコントラストが、美しくてまぶしい。そのグラウンドで軽くアップをしている選手たちの動きも、間近で見ると実に軽快で、かっこよかった。映像をとおして感じることと、本物を間近で見るのではずいぶん印象が違った。そして、何よりも印象的だったのは、グルッとグラウンドを囲む観客席からのざわめきだ。こんな大勢のお客さんが見るなかでスポーツをすれば、選手のアドレナリンは全開になるだろう、と容易に想像できた。


 選手たちのアップが終わると、いよいよ私たちの出番だ。まず、球場の大型スクリーンにトリノ・パラリンピックの競技映像が流れた。その映像のあと、私たちメダリスト4人はホームベース前に立ち、場内アナウンスでひとりひとり紹介された。球場に来ていたお客さんの多くも、パラリンピックの記憶は新しかったようで、温かい拍手で歓迎してもらえた。その雰囲気はトリノの表彰式を思わせるものがあって、なんとなく日本に帰ってからもう一度、表彰式をやってもらえたような、そんな晴れがましさだった。


 そして、チームメイトのひとりである東海選手にはこの日、もうひとつ大きな役目が待っていた。マウンドに上がり、始球式のピッチャーを務めるのだ。小学生時代に野球少年だった彼の幼いときの夢は、プロ野球選手になることだったそうだ。チームとしてロッテ戦の応援に行く話が出たとき、真っ先に始球式を志願した東海選手は、始球式に備えて周到な用意をしていた。マイグラブを持参し、直前にはバックネット前で投球練習も行ない、準備は万端。大きく振りかぶって投げたその一球は、見事にノーバウンドでキャッチャーミットの中に収まった。チーム内で「キング」と呼ばれる東海選手が、その名のとおり、ばっちり決めてくれて、私たちは試合前からさらに盛り上がった。


 私たちチームが観戦したのは「フィールドテラススイート」という一風変わった観客席。今シーズンから、千葉マリンスタジアムの三塁側内野席の上に作られた新しいスペースで、屋内のパーティールームとオープンテラスが両方ある大きなボックス席のようなスペースだ。このスペースは私たちにとって非常に快適だった。複数の車いすユーザーがまったく問題なく動きまわれる充分なスペースがあり、テラスに出れば球場の雰囲気を肌で感じられ、ちょっと寒くなればパーティールームに入って、ガラス越しに試合を眺めるもよし、ソファでくつろぎならモニター観戦するもよし、という実に贅沢な野球観戦だった。観戦に盛り上がって大騒ぎしても、周りの迷惑にならないうえ、自由に動きまわっていろいろな仲間と話しながら観ることができるのだ。野球に詳しい東海選手に解説してもらったり、チームメイトが買い込んできた応援グッズで盛り上がったり、そして球団からプレゼントしてもらった応援シャツを皆で着込んで、外野の応援団に合わせて声援を送ったり……。グループで野球観戦に行くときには、たまにこんな贅沢をしてみるのもいいかもしれない。ちょっとおしゃれで、新しい野球の楽しみ方だ。


 試合のほうは、5対0でロッテが圧勝した。偶然にもこの日、私たちメダリストが球場に持っていったメダルの合計は5個。本当は、チーム全体のメダル総数は6個なのだが……。誰がメダルを自宅に置き忘れたかはよしとして、メダルがもう1個があれば、あと1点得点できたのか、はたまた、1個を自宅に置いてきたことが1勝につながったのか……なんて験を担ぐのもまた楽しい。


 それにしても、私たちチームが応援に行った日に、ロッテが勝利してくれて何よりだった。こんな楽しい応援ならば、私はいつだって駆けつけたい。この次は、私が始球式を志願してみようか。でも、あまりみっともない投球はできないから、その日に備えて、今からキャッチボールの練習でもしておこうかな。