大日方邦子のコラム

バンクーバーに向けた新たな出発点 《月刊スキージャーナル 2007年1月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 10月22日から約2週間、昨年に引き続き、今年もオーストリアの氷河、ゾルデンで障害者アルペンチームのシーズンイン合宿が行なわれた。ほぼ同時期に行なった昨年の合宿は、振り返ってみるとトリノ大会でのメダルに直接的につながる実り多いトレーニングだった。そして今年、私はまた、2010年バンクーバー大会に向けた新たな決意を胸に、ゾルデンで新シーズンを迎えた。セストリエールのスラローム以来、実に約7カ月ぶりの雪上は、今まで同様、いやそれ以上に新鮮で、心躍らせてくれるものだった。

 昨年、私たちは雪上に立つ前にまずワールドカップ開幕戦を観戦し、世界の最速・最新のテクニックと高揚感あふれるトップ争いを目の前で見た。選手はおおいに刺激を受けたうえで、ゲストコーチの大杖正彦氏とともに雪上トレーニングを開始した。それは、チェアスキーという特別な用具を使い、肉体的な制約(ハンディ)を持ちつつも、どうしたら最速のテクニックを駆使した滑りが実現できるのか、手探りしながらのトレーニングとなった。昨年のゾルデン合宿がなかったら、私のトリノでの結果はおそらく違っていたものになっていただろう。


 そして今年もゲストコーチに大杖さんを迎え、昨年とほぼ同じ、少規模のチーム編成でゾルデンに来ることができ、トレーニングの質にも量にもおおいに期待していた。


 ワールドカップのゴールエリアにもなるゲレンデベースエリアに到着してみると、その景色は昨年とはまったく違っていた。ゲレンデのいたるところで、青黒く光る氷河と黒い岩が剥き出しになっている。昨年は稼働していたリフトもその多くが運転できない状況で、滑走できる場所が少ないうえに、実際に滑ってみると、コースに混じっている石のおかげで、エッジどころかソールまで一日でぼろぼろになってしまう惨状だった。


 結局、ワールドカップ開幕戦は中止。とても残念だったが、それでも見るべきものは充分にあった。オーストリアは全土的に雪不足だったようで、オーストリアチームが中止決定後もしばらく、ゾルデンでトレーニングを行なっていたのだ。SG、GS、SLのトレーニングを間近に見ることができたのだが、とくに2 日間連続して行なわれたSGの2日目は、なぜか朝からオーストリアチームの雰囲気がいつも以上に緊迫しているのを何となく感じていた。コーチたちはいつも以上に入念にコースを整備し、スタートを待つ選手たちの緊迫感もトレーニングでのものとは思えない。あとから大杖コーチに聞いたところ、この日のタイム計測はチームの入れ替え戦だったそうだ。


 そしてこの日、ヘルマン・マイヤーが朝の一本目にコース脇をゆっくり降りていくのを目撃した。いわゆるフリー滑走でのアップだったが、SGのスキー板を履いているとは思えないほど細かいターンをていねいにつなげ、スピードをコントロールしつつ、ゆっくりと滑っていたのが印象的だった。ちょうどその日、私たちはGSのスキー板を履き始めたところで、SLと同じようにスキー板をコントロールしながら滑ることが練習課題でもあったので、多いに参考にさせてもらった。


 今までオーストリアチームといえば、つねに最高に恵まれた環境下で、余裕を持ってトレーニングしているイメージが強かった。けれども雪不足によって仕方なく、なのかもしれないが、ときにはリスクを賭けて、追い込んだトレーニングをしているときもあることを知った。男子選手たちは厳しいコースを何度も繰り返し滑り降りていくし、SLトレーニングを終えた女子選手たちが、引き続きSGのポールトレーニングを始めるところも見かけた。ワールドカップ優勝を争う選手たちですら、トレーニングの質だけでなく、量も求める時がある、ということなのかもしれない。


 氷河の天候は突然変わる。選手にとっては穏やかな太陽の下、硬く圧雪された雪の上でトレーニングできれば言うことはないのだが、自然相手のスポーツである以上、いつも天候条件が良いとは限らないし、よほどのことがないかぎり悪天候でもレースは行なわれる。長い待機時間のあと、天候条件があまりに悪くて雪上に出るかどうか、選手に選択を任された日もあったが、私はあえて滑りに出ることを選択した。強い強風とガスによって視界は悪く、気温も急激に下がり、凍傷にかかった選手もいたが、そんな悪条件の中でも滑る意味はあったと思う。


 私たちの試合は今季、年明けからのスタートになる。長いブランクのあとでスキーの感覚を取り戻すためには、「質」だけではなく「量」も必要であり、試合までにまだ時間があるこの時期だからこそ、多少、無理をしてでも自らを追い込んで、滑る「量」を確保したいと考えたのだ。まあ、そんな小むずかしい理屈はともかく、結局、数カ月ぶりに雪上にたってみると、やっぱりスキーが楽しくて仕方なかった、というのが実際のところだ。


 きわめて具体的な課題をコーチからもらいつつ、一本ずつ滑っていくトレーニングは、天候条件が悪くても充分にその質を確保することができるし、もっともっと速く、巧くなりたい、という気持ちを高めてくれる格好の材料になる。今年もまた、モティベーションを上げる良い刺激を受けることができたし、「質」「量」ともに充実したシーズンイントレーニングを行なうことができた。バンクーバーに向けての新たな出発点として、手応えある一歩を踏み出せたことに感謝したい。