大日方邦子のコラム

イタリアって不思議《月刊スキージャーナル 2007年6月号》

最終更新日: 2008/01/25 | Edit

 今シーズンの活動がほぼ終わった。世界的な雪不足に翻弄されたシーズンだった。とくにヨーロッパ、なかでもスキー王国・オーストリアでの雪不足は日本と同等か、それ以上の深刻さだったかもしれない。

 障害者スキーのワールドカップ・ヨーロッパシリーズは、まずオーストリアのザルツブルクに近いスキー場で5レースを行ない、その後、イタリアに移動してファイナルシリーズに臨むことになっていた。ところが、出発予定日の10日前を切ってから「雪不足のためにオーストリアでのレースはキャンセルになる可能性あり」という一報が入ってきた。出発予定は3月1日。ちょうど大学生たちの卒業旅行でフライトは満席で今さら変更するわけにはいかない。「とにかく予定どおり出発してみよう」というのが、チームの出した結論だった。

 チューリッヒ空港からレンタカー3台に分乗し、オーストリアを横断して、一気にイタリア北東部へ。丸一日かけて到着したワールドカップ最終戦会場のゾンコランは、宿泊先に指定された山の麓にある村にこそ雪はまったくなかったものの、スキー場のコースは充分に滑れるコンディションだった。雪質は春の雪そのものだったが、本番と同じコースでポールトレーニングをさせてもらえることにもなり、レース開始までの10日以上もの間、日本チームはそれなりに充実した時間を過ごすことができた。

 そして、レースも目前に迫ったある日、大会スケジュールの変更を知らされた。レースのスケジュール変更ではない。レースの前夜に予定されていた開会セレモニーが前々日に変更された、というのだ。開会セレモニーは宿泊先から車で1時間半かかる港町、トリエステで行なわれるという。セレモニーの後は、船上パーティーが開かれるので、帰りは深夜12時頃になるが、送迎バスを用意しているからそれに乗ってくればいい、と大会事務局は言うけれど、どうして急にオープニングセレモニーの日程が変わるのだろう???

 セレモニー当日、約束よりも1時間も遅れてやってきた迎えのバスに乗車したわれわれは、港に面した広場に降ろされた。そして、大勢の観客が見守る中、われわれは盛大なパレードの一員として国旗を先頭に広場を1周させられると、その後もブラスバンドやらオーロラビジョンの派手な演出が続く。セレモニーがこれだけ立派ならば、きっとパーティーも盛り上がるはず、と選手一同はかなり期待していた。

 パーティー会場へは、またもやバス移動だ。海岸沿いの道路から高速道路をひた走り、バスが行き着いた先は、なんと豪華客船の真下だった。美しくライトアップされている豪華客船は下から見上げても、その全容が見えないくらい巨大だ。選手たちは皆、あっけにとられながらも大喜び。ていねいに案内されるまま、信じられない面もちで、桟橋を渡って客船の中へと入っていった。長い間、パラリンピックや世界選手権、そしてワールドカップを転戦してきているが、過去にこれほどまでに豪華な場所でパーティーが開かれた例はない。

 エレベーターの表示が19階まである広大な船内の、いったいどこでパーティーが行なわれるのだろうか。船内を案内され、階を上がるにつれて期待は高まるばかりだった。途中、巨大な厨房を通り抜けたが、なぜかまったく火の気がなく、調理する人もいない。よく見ると、廊下のふかふかのカーペットには養生がしてある。そう、ここは確かに豪華客船なのだが、就航準備中、つまりは工事中の客船だったのだ! ここでパーティーなんてできるのだろうか? 急に嫌な予感がしてきた。

 結局、屋上階の豪華なプールサイドまで案内され、ようやくパーティー会場らしき場所に到着した。ところが……、ビュッフェスタイルで供された料理は冷めたピザやハム、サラミの類に、果物とケーキだけで、安いホテルのパーティールーム以下の内容だったのだ。確かに船上、しかも豪華客船の上ではあったが、食事は船内で作られたものではなく、ケータリングサービスで取り寄せたものだったらしい。

 長い距離を歩かされた空腹を何とか満たそうと、皆、ビュッフェに殺到してあっという間に品切れ。さすがイタリア、ワインだけは豊富だったのが救いだが、一気に気分が盛り下がるのは当然だ。豪華な設備と貧弱な食事とのギャップには、怒りよりもあっけにとられた、というほうが正しいのだろうか。結局、ホテルへ帰ったのは予定どおり深夜。何とも不思議なパーティーだった。

 その後に開かれたレースはほぼ滞りなく行なわれたものの、どうも予算と人力の使い方が日本の感覚とはだいぶずれている気がしてならない。レースの合間にイタリア空軍の飛行機が山と山の合間を飛びながら、見事な航空ショーを見せてくれたり、最終レース前夜にはまたまた街中で表彰式が開かれるなど、レースよりもイベントのほうに重点が置かれるのが、イタリアらしいところなのだろうか。トリノ・パラリンピックでイタリア人の気質にはだいぶ慣れたつもりだったが、予想をはるかに超える感覚の違いに、「やっぱりイタリアって不思議」と正直思ってしまった遠征だった。

 実は、来シーズンのワールドカップ最終戦は日本で開かれることが決まっている。盛大なセレモニーと豪華客船を見た時には、来年の白馬・八方尾根でのファイナルは「とても同じにはできない」と、私たちは頭を抱えていた。でも、イタリアがイタリア人の感覚と価値観でもてなした訳だから、私たちも日本人の価値観で、きちんとした大会運営をすればいいし、そこに大仰なイベントを無理矢理行なう必要はまったくない。来年のワールドカップ最終戦は、あくまで日本らしいレースにすればいいのだ。